浦島太郎の随想

物理屋の妄想タイム

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英国の暮らし - 住宅編1

以前の記事で、英国では誰でも家が持てると書いたが、政府はどのような政策を実行しているのであろうか?

かつて英国には、「揺り籠から墓場まで」と謳われた、手厚い福祉政策があったが、住宅政策にその名残りを強くとどめている。

 

 

ホームレスを禁ずる国

 

英国の法律では、自治体が人々に住宅を提供する義務を負う。ホームレスが出ることは、法律が許さないのである。

何らかの理由で住むところを失えば、自治体は住居を斡旋する。もちろん家賃は払わなければならないが、失業者でも社会保障があるので、その範囲で居住可能な住宅を、行政は見つけなければならない。これはsocial careの部署に働く、social workerと言われる人々の仕事である(workerが付いているが、これらの人々は行政の職員で、労働者階級ではない)。

 

それが出来なければ、自治体の費用負担で、ホテル住まいをさせることになる。これは異常な事態ではなく、本人が同意する適当な住居が見つかるまで、短期間のホテル住まいは、良くある。本人にも一定の範囲で宿泊料の負担があり、家財道具を抱えて不便であるので、いずれ自治体の紹介する住宅から選ぶことになる。

 

この法律は英国国籍を有する国民だけでなく、すべての居住者に適用される。居住者の定義については別の機会に述べるが、恐らく私も含まれていたと思う。大学のゲストハウスから出なければならなかったとき、私もY教授のアドバイスに従って市役所に行き、住居の斡旋を願い出た。

ちなみに、このとき、houseという言葉には「住まいをあてがう」という動詞としての意味があることを、初めて知った。私の状況を説明すると、窓口の女性は、「You are welcome, we will house you.」と言った。そういえば、今ではハウジングという言葉は、不動産会社の名前などに良く使われ、日本語になっている。動詞の場合はハウスではなく、ハウズと濁る。

 

 

ある自治体の悲劇

 

かつて英領であった、アフリカのある国から、家族を引き連れて、英国の小さな地方都市に移住してきた男性がいた。旧英領の人々には、英国内での居住が無条件に認められる。そしてすべての点において、国籍を有する者と同等の権利が保証される(少なくとも当時はそうだった)。これには生活保護等の社会保障も含まれる。コモンウェルズという言葉は今でも法的に生きており、これに属する国々は決まっている。

 

この男性は母国において、ある部族の酋長であった。しかし酋長の暮らしより、英国で生活保護を貰う方が暮らしが良いことに気づき、やって来たのである。

 

ニュースで報じられた光景は驚くべきものであった。彼は4人の妻と20人以上の子供達を引き連れていた(彼の国は回教国であったのであろう)。これほどの大家族を収容できる家など、滅多にあるものではない。やむなく自治体は、彼らをホテルに住まわせた。

 

本人が負担する宿泊料には上限が定められており、それ以上は自治体の負担である。長期契約の割引料金とはいえ、30人近い人数の宿泊料は、1年もすれば大変な金額になる。これは小さな自治体の財政を、大きく圧迫した。市長は想定外の出費に悲鳴を上げ、国に救済を求めた。そこで全国ニュースとなり、国民を巻き込む大論争に発展した。

 

そもそも、英国の法律は4人の妻を認めていない。これを家族と認めるべきなのか?

 

問題は住居費だけにどどまらなかった。生活保護費はあり、これは家族の人数に応じて上がる。さらに、子供たち一人一人には、ある年齢に達するまで、チャイルド・ベニフィットと呼ばれる、かなりの金額の子供手当がつく(これらは国の支出であったと思われるが)。

 

もはや西側ヨーロッパの中でも、下から数えるほどの台所事情になっていたにもかかわらず、大英帝国を気取り、宗主国を演じ続ける保守党の姿勢にも批判が及んだ。

 

なお、この話は、英国の住宅政策に大きな欠陥があった、ということではない。次の記事にも書く予定であるが、英国の住宅政策は素晴らしいものと思う。これによって、ある自治体に被害が及んだのは事実であるが、露呈したのは別の問題である。 

 

2年以上におよぶ滞在の後、政府間の交渉により、酋長には本国に帰って頂くことになった。

 

(続く)