浦島太郎の随想

物理屋の妄想タイム

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子供教育の注意事項8- 誤解の種類

言葉と概念

 

人間は言葉によって様々な知識を与えられ、成長して行く。言語的でない体験も人間の成長に大きく関わるが、言語的な交流は大きなウェイトを持つ。人類は言語を通じて他者から影響を受け、他者に影響を与え、集団として成長する社会的な生き物である。

 

私はこのシリーズで、概念のことを執拗に述べてきたが、それは、人間の成長過程に最も重要な役割を果たす言語が、概念を共有することによって成り立っているからである。

 

 

学生に英語を訳させると、辞書(英和辞典)を引き、それぞれの単語の意味を調べることから始める。ここで、殆どの学生は、意味を調べるのではなく、対応する日本語の単語を探している。多くの学生は、辞書の先頭に書いてある単語を選ぶ。そして、置き換えられた日本語の単語を、文法の規則に従って、日本語の語順に並び替える。

 

これで原文の意味が正しく再現されることは、まず無い。

 

言葉は、単語(=word)によって構成される。単語は、それぞれ固有の概念を背景に持っている。辞書を引けば、house = 家 のように、対応する日本語の単語が書いてある。しかし辞書は、背景の概念まで正確に対応していることを保証している訳ではない。

 

例えばhome という単語を調べると、家という意味も書いてあるが、これを house と同じように、人が住むための建物と考えてはいけない。それで良い場合もあるが、背景にある概念は「家族が生活する場」であり、建造物そのものではない。

 

さらに言えば、必ずしも家族だけではない。home town を「家族の住む町」とするのは、やや不適切である。この場合のhomeは、自分の生活圏、そこでの友人関係や思い出、生活様式、共有する価値観、日々の活動までも、包み込んだ概念である。

 

元の概念を把握しなければ、原文の意味は伝わらない。そして、2つの言語において、それぞれの単語がカバーする概念の範囲は一対一に対応しないばかりか、一方の社会に存在する概念が、他方の社会には存在しない、という場合すらある(最近では日本語の「忖度」がどのような意味なのか、国際社会で注目された)。

 

 

misunderstanding と misconception

 

ここで「誤解」という言葉を考えてみよう。日本語では、この言葉はかなり広い範囲をカバーしている。これを和英辞典で調べると、対応する単語としてmisunderstandingが真っ先に挙げられているので、多くの日本人は「誤解=misunderstanding」と考えるが、英語では、misunderstandingと並んで、misconceptionがよく使われる。

 

この2つには明確な区別がある。misunderstandingは読んで字の如く、理解することに失敗したことを意味する。事実を誤認したり、話の筋を取り違えたりするような誤解である。

 

一方misconceptionは、理解する以前に、その前提であるconcept(=概念)が正しく形成できていないことを意味する。この状態を表現する日本語は無い。強いて言えば「勘違い」が近いが、これは少し軽すぎる。勘違いなら「あれ、そうだっけ?」で済んでしまいそうだが、misconceptionは根が深い。

 

子供の成長過程において、misunderstandingはしょっちゅう起こる。これは放っておいても心配は無い。しかし、misconceptionには注意しなければならない。このシリーズの最初に書いたように、conceptはconceiveという動詞から派生した言葉であり、その背後には、概念を会得するには、生命を育むような時間とプロセスが必要、という認識がある。したがって、misconceptionは「あれ、そうだっけ?」では済まない種類の誤解である。

 

misunderstandingなら、頭の中のデータファイルを修正するか、せいぜい、プログラム中の命令文を修正すれば良い。これは、自己修正が容易であり、子供でも日々行っている。が、misconceptionはそうはいかない。これは、いわばプログラムのミスインストールであり、自分では、なかなか気が付かない。これを修正するには、まず間違って植え付けられた概念をきちんとアンインストールし、その後に、正しい概念を再インストールしなければならない。とくに、最初にミスインストールされたときに誤った造られたファイルが、あちこちのフォルダに散らばっている。これらをすべてクリアし、またレジストリも初期状態に戻さなければ、また不具合を発生する。

 

残念ながら、人間である以上、misunderstandingと同様に、misconceptionも必ず起こす。そこで、これに自分で気付き、自分で修正する能力を身に付けなければいけない。そして、どのような場合に自分がmisconceptionを起こしやすいかを知り、これを減らすように自己管理する習慣をつけなければならない。

 

 

misconceptionに対応する日本語が無いということは、日本人はこの種の誤解に対して、警戒心が薄いのである。どのような場合にmisconceptionが起こりやすいかを、次回に述べよう。

 

(続く)