英国の鳥(1)
人間を怖れない鳥
英国を初めて訪れた日本人が必ず驚くことの一つは、鳥が、人を殆ど怖れないことである。日本人の集まりに新顔が加わると、一度はこの話になる。
日本の鳥がすぐ逃げるのは、人がやたらに鳥を追い廻して、警戒心を抱かせてしまったのだ、と考える人が多いが、果たしてどうであろうか。
スペイン人が集まりに参加した時、ヨーロッパでの様子を聞いてみたところ、スペインの人々は鳥を見つけると、すぐ捕まえて食べてしまうので、そもそも鳥を殆ど見かけない・・・という答が返ってきた。
一方、英国人は確かに鳥を大切にする。
バード・ウォッチングを趣味にする人は多く、自宅の庭に小鳥が舞い降りると、すかさず、用意していたカメラや双眼鏡を手にして、熱心に見入る。
庭木には巣箱を用意し、ツバメが軒下に巣を作れば歓迎して、ヒナが巣立つまで見守る。
近づいて追い回したり、ましてや捕獲して食料にする人は、少なくとも私の知る範囲では(近所の子供たちも含めて)いなかった。
ブラックバード
誰もが「かわいい」と称賛する代表的な鳥は、ブラックバードである。鳥類に詳しい日本人の生態学研究者が、ツグミの一種である、と言っていたが、見かけはあまりにも違う。名前のとおり、カラスを小さくしたような真っ黒な鳥で、ハトより少し小柄で、スリムである。
なぜ、このような何の変哲もない鳥を、彼らが絶賛するのか、良く理解できなかった。人々は、色の綺麗な鳥にはあまり関心がないのかもしれない。
関係ないかもしれないが、英国人は黒が好きなのか・・・と思ったことがある。
オトメのピアノを買うことを考えて、ロンドンのピアノショップを下見した時のことである。木目調の日本製グランドピアノが置いてあった。ややワインカラーが入った、半透明ブラウンの美しい仕上がりである。私達にはとても手が出ない値段であったが、しかし、同じ機種の黒塗りより、20万円ほど価格が低いことに驚いた。
木目を出す塗装は高度な職人技で、外周の板も、節などが入らない、見た目の良い部位を使う。一般には(少なくとも日本では)かなり値段が高いはずである。
店主に理由を聞くと、驚いたような顔をしてこう言った。
「え?・・・当然じゃないですか? 誰でも黒を欲しがりますよ。見てごらんなさい、黒は美しいでしょう? 圧倒的に、こっちの方がインテリア性が優れているでしょう?」
朝の挨拶1
このブラックバードであるが、大切にされているせいか、いたるところで見かける。
下宿暮らしの間は、最初のうち大学まで歩いて出勤していたが、道沿いの民家の板塀に、いつも止まっていた。
互に見える距離になると、(日本ならここで飛び去るところであるが)こちらをじっと見ている。
こちらもじっと見つめる。それでも逃げない。
このような時の鳥の姿は、まことに人間臭い。羽をすぼめて止まっていると、オーバーコートのポケットに手を突っ込んで、やや寒そうに立っている感じである。
ついに距離は、手を伸ばせば届くほどになったが、それでも互いに目をそらさず、じっと見つめ合う。
そして、私はそのまま通り過ぎ、遠ざかった。
ブラックバードの人気の理由は、こんなところかもしれない。
朝の挨拶2
間もなく、私は自転車で通勤するようになった。
キャンパスの裏口から入り、広い芝生を突っ切る。皆が同じルートを使うので、芝生には幅20cm程の轍の自転車道が出来ていた。そこを走らないと、なかなか動きづらい。
ある朝、その細い自転車道の中央に、鳥が一羽、道に直角な方向を向いて静止し、瞑想にふけっていた。これもブラックバードだったと思うが、もう少し大きい、濃いグリーンの鳥だったかもしれない。
ある程度のスピードで近づいて行けば、逃げるだろうと予想していたが、鳥は真横を向いたまま、自転車には目もくれず、逃げる気配はない。
私は、ぎりぎりになった時に、彼がどのような行動をとるのか知りたくなり、減速せずに、そのまま走行を続けた。
ついに互いの距離が1mを切り、これは本当に轢いてしまう・・・と思った瞬間、鳥はちらと私の方に目を遣り、面倒臭そうにツン、ツンと2歩、前に進んで道を空けた。
そしてそれ以上は微動だにせず、自分の瞑想を続けた。