浦島太郎の随想

浦島太郎の随想 - 物理屋の妄想タイム

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竜宮城で貰った玉手箱をうっかり開けてしまった浦島太郎ですが・・・その後もしぶとく生き続けてネバーランドに流れ着き、
若い人々と物理学を楽しむ日々を送っています・・・

英国にやって来た教員視察団(4)

 

 

教員視察団(3)」から続く

 

研究室に戻って1時間ほどすると、秘書さんがドアをノックし、私に電話がかかっている、と告げた。今しがた別れたばかりの、コンダクター氏からであった。

 

 

招待

 

モスクワの件を聞いていたので、すわ、また迷子発生か? ・・・と思ったが、そうではなかった。 

 

その晩に、地元の先生方と交流する晩餐会を催すので、招待したい、というのである。そのための予算は文部省が用意しており、招待客を決めるのは、現地の判断に任されているそうである。

 

是非にということであったが、少し考えた。カメがまだ乳飲み子だったこともあるが、英国では、このような機会に男性だけ出席するのはマナーに反する。家に籠りきりのオトメも、1人残されては、機嫌が良くないはずだ。

 

子供はおそらく、ぐっすり眠っている時間である。日本人留学生の女の子に留守番を頼めるあてがあったので、夫婦同伴なら、という条件を述べた。

 

2人を招待するのは費用の点で難しいであろうと予想したが、コンダクター氏は、喜んで承諾した。むしろ、妻が加わることを喜んだようである。

 

この時、察しの悪い私は、招待された理由を良く考えていなかった。キャンパスの案内の御礼をしたい、という申し出を、言葉通り受け取ったのである。もちろん、それもあったとは思うが・・・

 

 

席の配置

 

会場となるホテルの広間に着くと、2列の長いテーブルが置かれ、それぞれに、向かい合わせの席が用意されていた。

 

パーティは夫婦で出席するのが通例で、独身者でも、パートナーがいれば同伴する。しかし、交流を促進するため、二人の席は離すのが普通である。そして、なるべく男女を交互に配置する。

 

コンダクター氏はそれを良く心得て準備していたが、日本側はオトメ以外、すべて男性であり、全体として女性は少数であった。

 

私に用意された席の右隣は、障害者のための学校に勤務する地元の初老の男性教員で、一般向けの物理学の啓蒙書を読むのが趣味、と話した。このあたりも、コンダクターの配慮であろう。左隣は別の教員の御伴侶で、物静かで品の良い、典型的な英国の淑女であった。

 

 

私の向かい側には、3人の日本人が並んでいた。正面には50代とみえる男性が座った。その左は、半年後に定年を控えた長身の理科教員、右は若手の社会科教員である。この配置から、私は、交流のための通訳を期待されていることを悟った。

 

日本人教員とは全員、初対面ではなかったはずだが、私は正面の男を覚えていなかった。英国人を交え、私達6人は、改めて互に自己紹介した。

 

気楽に来てしまったが、ここでやや不安になった。社会科教員を除く2人は、何となく様子がおかしかった。

 

ホテルに到着した時、私たちは入り口で出迎えられたが、そこで、理科教員の前を通る際に、オトメが私の腕を握る力を強めた。彼女のスーパーセンサーが何かを捉えたのである。要注意のシグナルであった。

 

正面の教員は、出迎えの際にも見かけなかった。何の教科の教員だったかは、覚えていない。私としては、この男の不安定さが最も気になった。

小柄な割に、体格がしっかりしているが、席に着きながらも、顔を前に向けない。常にせわしく体を動かし、周囲を見回していた。

  

 

 

オトメは、もう一方のテーブルの上座付近で、高齢の日本人の集団に囲まれていた。「お酌」をしながら、彼らの話に耳を傾ける・・・といった役を期待されていると予想した。

このミスキャスティングに笑ってしまった。周囲のオヤジ達は、彼女に酌をすることになるであろう。

 

 

・・・パーティは、日本側の英語教員の司会で始まった。

数少ない若手教員の一人である。米国に1年、語学留学していたとのことで、しっかりした英語を話す人であった。

 

(続く)