浦島太郎の随想

物理屋の妄想タイム

~記事へのコメントは歓迎です~

言葉の重要性2-ドイツのディクテーション

 

 

 

前回の記事では、多くの日本人が文章から情報を正しく読み取ることが出来ない、という読解力調査(RST)の結果を紹介し、その結果について、「特に驚いていない」と述べた。

 

さらに、調査を行った国立情報研究所の新井教授の分析とは異なり、日本に特有の現象であろう、とコメントさせて頂いた。

 

これに関連して、私の体験をいくつか紹介したい。主に聞き取る能力についてであるが、読解の能力とも関係が深いはずである。

 

 

 

あるドイツ女性の不満

 

帰国してからしばらくして、私とオトメは、あるドイツ人女性と知り合った。年代は私達より少し若く、西ドイツの大学に留学していた日本人と結婚し、私の勤める大学のある町に移り住んでいた。

フランスとの国境に近い地方の出身で、ドイツ語の他に完璧なフランス語と英語、そしてスペイン語を自由に話す。日本語はさすがに難しいらしく、まだカタコトであった。

 

 

私はこの女性に、短期間だけドイツ語会話を習った。その時、彼女の娘は小学校に通い始めていたが、彼女は雑談の際に、日本の学校教育について愚痴をこぼした。

 

 「日本の小学校は、どうしてディクテーションをやらせないのかしら・・・

  私の娘は、ちっとも言葉が上達しない」

 

彼女は平仮名しか読めず、娘とはドイツ語で会話していた。

 

 「私は小学校といったら、ディクテーションしか思い出せないくらい・・・

  毎日毎日、そればかりよ。とても大切なことなのに・・・」

 

ディクテーションとは、単に話された言葉を、そのまま書き取る作業である。私は、ドイツのギムナジウムでこれを厳しくやらせることは知っていたが、その実態までは知らなかった。

 

私は彼女に、「日本語には漢字があるので、子供にそれをやらせると時間が掛かりすぎて、現実的でないと思う」と説明し、彼女も一応納得した。彼女も漢字に苦しんでいたのである。

 

 

 ディクテーションをする理由

 

それにしてもドイツでは、何故そこまで、ディクテーションばかりやらせるのか・・・

 

 「ドイツでは何のために、そんなにディクテーションをさせるのですか?」

 

と尋ねると、彼女は驚いた顔をして、私の顔を見つめた。ここは、彼女は日本語で言ったような気がする。

 

 「ナンノタメッテ・・・キマッテルジャナイ、ヒトノハナシ、キクタメヨ!」

 

今度は私が衝撃を受けた。私はそれまで、ディクテーションは子供たちがスペルを覚えるためだと思っていた。それでは効率が悪すぎると思って聞いたのであるが・・・

 

 「人の話を聞くため?? そのためだけに、そんなに毎日毎日、それ以外の

  ことを思い出せないほど、やらせるのですか?」

 

 「もちろんよ!それをちゃんとやって、人の話を聞く習慣をつけなければ、

  授業が理解できないでしょう!」

 

                   ・

                   ・

                   ・

 

 

真っ赤なカメ

 

私はかなり動揺し、家に帰って、息子のカメにやらせてみた。

 

適当な文章を読んで書き取らせる。

すると、全く・・・ではないが、私の予想をはるかに下回る、ひどい状態である。

私は声を荒げ、「そんな辻褄の合わない話のはずがないだろう!」「話が正反対じゃないか!」「ひとつひとつを、ちゃんと聞け!」など、あらゆる叱責の言葉を浴びせた。

 

カメ自身、焦りを感じ、顔を真っ赤にして集中しようとしていた。これほど大変な事とは、思っていなかった。彼の集中力が限界と感じた私は、本人に自覚させる他はないと、叱り言葉を言い捨てて部屋を後にした。

 

私もショックであったが、本人も

 

  「・・・オレ、自分がこんなにバカだったとは思わなかったよ・・・」

 

と、オトメの前で泣きべそをかき、それから毎日、オトメに読んで貰い、私に隠れてこっそり練習を始めた。私も帰宅すると毎晩、追加のトレーニングを続け、2週間ほどすると、あまり問題なく書き取れるようになった。

 

それ以来、カメは人の話を聞くときは、真剣に聞くようになった。

 

 

(続く)