浦島太郎の随想

物理屋の妄想タイム

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日の昇る国への羨望と失望

これは「英国人の読解力と国語教育4」からの続きである 。

 

 

ある古い映画の再放送を、白黒で観た。喜劇役者として有名な俳優が主人公になり、ヒロインの女性を守りながら、海賊船の中で逃げ回る。片腕がフックの義手になっている船長を縛り上げ、彼に似せた扮装で船乗りたちを騙そうと試みるが、途中で偽物の義手がポッキリと折れてしまう・・・主人公は「 No wonder !  It's made in Japan !  」と叫んでこれをかなぐり捨て、再び女性と共に逃げ回る。

 

「made in Japan」というのは、かつて、そのような意味であったが、当時すでに、市内の電気製品店や車のディーラーの前に置かれていた「Made in Japan 」の看板は、「高級品」を意味していた。

 

 

新聞の特集

  

私が滞在していた当時、英国は日本との貿易不均衡に苦しんでいた。英国だけではない。西ドイツ以外は、ヨーロッパ全体が、日本ひとりにボロ負けしていた。

 

政府が音頭を取ったのであろうか。ある時から、新聞社とテレビ局は、頻繁に日本特集を特番で組み、日本社会を紹介するようになった。若いコメンテータが英国社会の現状を分析し、データを並べて日本社会と比較して警鐘を鳴らし、大御所の保守的な評論家としばしば討論番組で激突した。

 

ガーディアン紙は、毎週土曜日に、トップに見開きで

 

          「Land of Rising Sun 」

 

と特大の見出しを掲げ、日本特集にあてた。各紙、特配員を日本に派遣し、総勢500人もの英国人記者が、日本の各地を取材して廻った。

 

 

日本の平均サラリーマンの収入と、英国人の平均所得が比較された。圧倒的な差があり、英国人は打ちのめされた。日本の大学進学率の高さ、ほぼゼロに近い失業率も、大きなショックであった。女性が専業主婦として家庭を守り、それで家計が成立する・・・これも、英国では殆ど有り得ない。

 

英仏海峡トンネルは、技術的に不可能とされ、何度も計画が見送られたが、それより遥かに深く、全体の距離も長い青函トンネルは、完成目前が報じられた。英国が諦めたスーパーコンピュータの自力開発、車をはじめとする工業製品、高速鉄道の技術、医療水準を示す平均寿命や乳幼児の死亡率・・・どれ一つ取っても、英国が日本にかなうものは無かった。

 

ブリティッシュ・カーと誇っていた国産車も、調べてみれば、エンジンやブレーキをはじめとして、技術の高度な部品はすべて日本とドイツからの輸入である。国内ではボディとシート以外には、ミラー程度しか作っていない。

自動車に限らない。撤退を続けた結果、技術そのものが国内から失われて消滅した産業は、数えきれないほどあった。例えば英国製のピアノは、もはや新品では存在しなかった。

電子機器に至っては、中身の99%が日本製であると言われた。半導体産業の立ち上げを目指したが、10年開発を続けても高度集積回路が製造できず、設計現場と製作現場のどちらに原因があるかすら究明できずに撤退した。

 

公教育のレベルを示す国際機関の学力調査の結果、とくに数学の学力差は、国民に深刻な劣等感を植え付けた。

かつては「 No wonder !  It's made in Japan !  」と日本を笑い物にし、製品の質が向上すれば、次にはその技術を「物まね」と決めつけていたが・・・気が付けば英国は、物まねすら満足に出来ない国に成り下がり、蔑視は完全に自分達に跳ね返ってきた。

 

唯一、ノーベル賞受賞者の数が、人口比率で群を抜いていた。英国にルーツを持つ米国人を加えれば、とんでもない数である。

 

 

 

特配員の見たもの

 

最初のうち、特配員は、やみくもに日本社会を取材し、見当違いのコメントを繰り返していた。日本の経済力の秘密を、何とかして知りたかったのである。その紹介の記事も、それに対する英国人の反応も、私とオトメにとっては、笑い話の連続であった。

 

まず、経済活動の現場が真っ先に報告された。

会社でのラジオ体操から早朝の集団ランニング、女子社員の制服が紹介され、これらを真似する英国企業が現れた。もちろん、業績は向上しなかった。

日本式の「無礼講」の飲み会を開催し、したたかに飲んで、言いたいことを言い合った結果、翌日から職場のあちこちで「ひそひそばなし」の集団が発生し、互いの信頼関係は崩壊寸前に陥った。

 

 

しかし、さすがに政治力と情報分析に長けた国民である。最初の混乱期を過ぎると、報道は次第に的を突くようになって行った。教育現場とその影響に、次第に的が絞られていった。 

 

チームワークを重視する職場倫理と、学校の部活との関連性がとりあげられた。ストライキが頻発して経済活動の足を常に引っ張る英国社会に対して、日本ではこれを回避し、労使が妥協点を探る。英国にはないボーナス制度、これと引換にも見えるサービス残業などを好意的に紹介し、個人主義中心が互いの利益を損う英国の考え方を暗に批判した。

 

学歴志向の強い受験社会も、日本人の向上心の一つとして紹介された。多額の入学金と授業料、生活費をすべて親が負担して、高等教育を受けさせる・・・英国では有り得ない現象である。

 

何から何まで、日本人の勤勉さと向上心に結びつけ、英国の経済力が劣るのは当然の結果である、我々は日本に学ばなければいけない・・・政府とマスコミは一体となって、その方向に世論を誘導しようと目論んでいるように見えた。

 

 

 

国語教育の驚き

 

中等教育の現場はとくに反響があり、入念に報道された。

そのとき、日本語に堪能な一人の特配員が、教室の授業風景を取材して、国語の授業の特異性に気が付き、その内容に立ち入って紹介した。

 

・・・ここで、大きく風向きが変わった。

 

日本の国語教育では、著者が書いたことではなく、その背後にある著者の意図に焦点を当てている・・・しかも、それを大学入試の問題として出題し、評価の対象としている・・・これは、英国社会のモラルに著しく反し、相当に不気味な印象を与えたようだ。

 

日本の国語教育には、漢文を教えるなど、中国の影響が現在でも見られる。詰襟の学生服の朝礼の風景が、極東の特徴として、北朝鮮毛沢東中国の映像と並べて紹介され、日本ブームの熱が、一気に冷え込んだ。近所の人々や大学の友人たちも、日本の話を私達とあまりしなくなった。

 

Y教授が私に「文学の解釈はプライベートなものだ」と呟いた時、彼が日本の公教育の在り方に不快感を持ったように思えたのは、気のせいではなかった。これは、英国人に共通する反応であった。

 

今再び日本ブームが起こり、日本の国語教育は、今でも英国の番組で時々紹介されている。決して非難はしていないが、彼等にとっては、依然として理解できない事の一つのようである。

 

 

富の生産者と所有者

 

ほぼ2か月が過ぎると、テレビの報道は減り、新聞の記事は日本の社会に批判的になっていった。

 

多くの不都合な事実に「見て見ないふり」をしてきたプライドの高い英国民に、一連の日本特集は激しいショックを与えた。

・・・が、現実を直視する機会を提供したものの、彼等にとって日本は憧れの国とはならなかった。特配員の多くは帰国して、日本ブームは終息した。

 

 

確かに金額的には、日本人の所得は高く、高級な衣服を身に纏い、殆どの人々が(彼らの基準では)新車に乗っている。しかし、彼らの住居は・・・

 

狭さだけの問題ではない。見るからに脆弱な作りであり、美しさもなく、仮住まいを生涯続けている有様である。

適切な人口分散を行わず、市街化調整区域など馬鹿げた政策を続けた結果、地価が上昇して、まともな家を持つことは、殆どの人々にとって不可能となっている。

 

ヨーロッパの国々であれば、とっくに灯りが消え、人通りの絶えている時間まで人々は働き、休日に出勤することも多い。特に男性は、長い時間をかけて、寝るためだけに遠くの家に帰り、また早朝に、同じ時間をかけて出勤する・・・

 

彼等の生活は、実質的にはどう見ても、英国の労働者階級以下のレベルである。彼等は確かに、高い生産性を維持し、富を生み出している。しかし、富を所有してはいない・・・

 

私が最後に読んだ日本特集の記事は、こう結んでいた。

 

 

次回は、「言葉の重要性」のシリーズに戻り、日本の国語教育を考えてみるつもりである。