浦島太郎の随想

物理屋の妄想タイム

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英国の季節感2

(前回から続く

  

英国において、季節の区切りが感じられる節目は、イースターホリデーとクリスマスである。イースターでは実際に季節が変わる感覚があるが、クリスマスは、むしろ精神的な節目である。

  

 

イースターホリデー

 

 イースターの時期は年により変わるが、日本のゴールデンウィークよりは少し早い。大変良い時期の大型連休である。この頃になると、寒さは余り感じなくなり、日光浴も珍しくない風景である。

 

イースター前後の日照時間の伸びるスピードは、やや驚くほどである。何しろ、午後3時で暗くなっていたところから、真夏は夜の10時でもテニスができるまでになる。その中間点であり、かなりのペースで進まなければ、そうはならない。

日が傾いたら帰宅して食事・・・というつもりでいたら、帰宅時間がどんどん遅くなり、オトメに叱られた。

 

明るいうちに仕事を切り上げるのは、やや抵抗感があったが、ゲストハウスの住人と交流するには大変良い季節である。食前・食後に窓から芝生に出て、カメを近所の子供たちと遊ばせ、ビールやワインを飲みながら、私達もくつろいで談笑した。

 

日照時間が長くなると、ライフスタイルも変わる。仕事を終えたらビールを飲みに行こう、と時々誘われた。私の記憶する限り、冬はそのようなことはなかった。最初のとき、私はてっきり、飲みに行くのは食事も兼ねると思い、腹を空かせて集合場所のパブに向かった。私以外は全員、夕食を済ませていた。幸い、ポテトチップスや(スカンピーと呼ばれる)エビのカラ揚げなど、それなりの「つまみ」は注文できた。

 

その他にもテニスや映画、散歩など、夕食を終えてからの人々の活動時間は長い。

 

ちなみに、ポテトチップスは単にchips と呼ばれるが、これは日本流に言えばフレンチフライであり、主食として何にでも付いてくる。いわゆるスナックのポテチではない。ポテチはクリスプ(crisp)と呼ぶ。食べる時のカリッという擬音が名詞化した呼称である。

 

 

 

クリスマスの家族風景

 

クリスマスが近づくと、1か月も前から、テレビにも街にもクリスマス・ソングが流れる。定番のディングル・ベルも流れるが、最もスタンダードな歌は別にある。

 

何度も同じ曲を聞かされるので、この時期を嫌う人もいるが、この頃は日が最も短く、人々はひたすら耐えて生きている。クリスマスは耐乏期の数少ない楽しみであり、時間をかけて盛り上げる。

 

クリスマスセールがあるので、高価な電気製品などは、この時期に割引価格で買い揃える(日本と違って、電気製品は一般にかなり高額であった)。子供たちの靴下にプレゼントを入れる習慣は、クリスマスにまとめ買いをすることと関係があるかもしれない。

 

 

クリスマス・イヴには、成人して各地に散らばっていた子供たちも(家庭を持っていれば家族連れで)実家に集い、母親の手作りのケーキで祝う。日本の正月のようなものである。 

クリスマスパーティは基本的に家庭行事であるが、Y教授夫妻に私達は何度か招待され、その様子を知ることができた。

 

家庭を持っていなくても、年頃の男の子は、交際相手を連れてくるのが習わしのようである。女性が男性の家のパーティに加わる習慣のようで、Y教授の長女をクリスマスパーティで見かけたことは無かった。Y教授夫妻の子供達(二男一女)は、まだ誰も結婚していなかったが、2回目に招待された年には、高校生の次男まで、交際中の同級生を連れてきた。

 

実はY夫人は、彼女をひどく嫌っていた。さらにこの時は、最もかわいがっていた長男が、2年前に大学を退学し、働かずに親元を離れて社会保障で暮らしていた。この時のクリスマスパーティは、かなり暗い雰囲気で、私達も気を使った。

 

長男はピンクのパンクルックの彼女を連れており、自身も髪をブルーに染め、モヒカン刈りである。さすがに英国人の親の目にも「いかれた」格好と映っていた。母親は「息子は狂ってしまった」と嘆いていた。オトメは「親が甘すぎる!私なら家に入れてやらない!」と私に(日本語で)囁いた。

 

ま、クリスマスだけは・・・ということであろう。

後に私はY教授から、長男について個人的に相談を受けた。息子と近い世代で相談できる人が、他にいなかったのであろう。相当に困っていたようである。付き合っている仲間には、ドラッグの常習者も多かった。敢えて私達を招待したのは、前もって本人の様子を見せる目的もあったのかもしれない。あるいは、外国で頑張っている人々を見せ、自覚を促したかったのであろうか。

 

 

 

 

問題を抱えていても、クリスマスだけは明るく祝う。

直前はディナーの準備で忙しいので、ケーキは、かなり前もって用意する。保存のため、油で練ってオーブンで焼き上げる。そのとき、コインを幾つかアルミ箔で包み、埋め込んでおく。自分に切り分けられたケーキにコインが入っていれば、ラッキーという訳である。

 

ケーキの中にはその他に、ジョークをしたためた紙片が、数多く包んで埋め込まれていた。これは色々なものが混じったセットで売られている。「おみくじ」のようなお決まり文句ではなく、年替わりの楽しみである。これを開いて読み上げ、笑いに興ずる。

 

私の引き当てた紙片には、次のような短い会話が書いてあった。

 

  買い物客の男 「 I want to buy something for my wife. 」

       店主     「 What do you want for your wife ? 」

 

何の変哲もない会話と見えるが、Y教授が解説してくれた。種明かしは「for」の使い方で、「for ~ 」で「~ を払って、~ を対価として」という意味になり、通常は「~」のところには金額が入る。

店主の言葉は、「アンタ、自分のカミさん売っ払って、代わりに何を手に入れたいんだね?」というところである。

 

いくら英語を勉強しても、ジョークは難しい・・・

 

 

 

年に一度の家族の集いであり、高齢の老人も、クリスマスまでは生きて孫の顔を見ようと頑張る。そしてクリスマスが過ぎると、有名人の死去の報道が相次ぐ。地域のタウン誌も、毎週の訃報連絡の数が急激に増える。宴の後は寂しいものである。

 

が、クリスマスを過ぎると、それまで日々、短くなっていた日照時間が、一転して長くなり始める。人々は夏の到来を心待ちにしながら、残りの冬の日々を耐える。