浦島太郎の随想

物理屋の妄想タイム

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統計の虚実1

 

 

第1子 vs 第3子

 

満面の笑みを浮かべ、オトメが勝ち誇ったように、私の目の前に新聞記事を広げた。

 

渡英する前の、まだ新婚といえる時代の話である。

記事は、当時よく話題になっていた「長男(長女)と次男(次女)の、どちらが優秀か」という問題についてであった。

 

この話題は、テレビ番組でも頻繁に取り上げられていた。「親が大切に育てるので、第一子が最も知的発育度が高い」という意見に対し、「下の子は上の子の失敗を見て育つので、賢くなる」というのが、良く見られる対立構図だった。最近は不適切な話題に属するのか、取り上げられる機会が少ない。

 

オトメは長女、3人兄弟の第1子である。そして私は次男、3人兄弟の第3子である。

私からこの話をした記憶はないが、オトメはこれをしばしば話題にした。そして私は、個人的な観察から、第1子優位説には賛成しなかった。

 

人間は成功体験によって自身の行動原理を築く。常に失敗体験から始まる人生は迷走し、加えて「親が大切に育てる」ことが、自己修正能力を鍛える機会を奪う。

 

 

オトメは「末っ子の言いそうな理屈ね」と、上から目線で一蹴した。内心は動揺していたかもしれないが。  

 

 

長男 vs 次男

 

その新聞記事の内容であるが・・・

首都圏で名門進学校として知られる、幾つかの中高一貫教育の私立男子校を調査したところ、生徒には長男が圧倒的に多く、全体の2/3を占めていた、というのである。記事はそれをもって、「長男の方が優秀である」と結論していた。

 

読み流して終わりにすれば良い記事だったが、つい数値が気になってしまった。

  

  「・・・ちょっと待てよ、2/3 だろ? この結論はおかしいよ」

 

  「え? 何を言ってるの・・・ 明らかに大きな差でしょ?」

 

  「いや・・・別にどうでもいいけどさ・・・2/3 なら結論は逆だな」

 

  「おかしなこと言う人ね・・・研究者らしくないわよ。これだけの

   証拠があるんだから、次男の負けよ・・・潔く認めなさい 」

 

  「ちょっと待てよ。いいか、どこの家でも、大体子供は2人だろ?」

 

  「それがどうしたの?」

 

  「すると組み合わせは、男・男、 男・女、 女・男、 女・女 だな?」

 

  「・・・それで?」

 

  「この中に男は4人いるけれど、そのうち3人は長男だぞ。 次男は

   一人しかいない。男・男の組み合わせの2番目だけだ。それ以外の

   3人は全部長男だ。つまり3/4 が長男で、ようやく釣り合うわけだ」

 

  「2/3 なら、それより多いんじゃない?」

 

  「・・・バカ言え・・・人前でそんなこと言うなよ ・・・

 

  「・・・そうか・・・3/4 よりは・・・少ないわね・・・でも、あなたの話、

   おかしいわよ! だって、これ新聞の記事だもの! 嘘が書いて

           あるはず、ないじゃない」

 

久々であったが、昔よく経験したパターンの一つに陥ったので、思わず反応してしまった。

 

  「 ・・・おかしい?  オレは今、ちゃんと説明しただろ?  そう

   いう時は、ちゃんと聞くんだ!

 

   ・・・ったく、そうやって、人の言うことを聞かずに、自分の

   頭で何も考えないで決めつけるのが、長男・長女なんだよ!

 

   世の中には長男の方がずっと多いから、元々、長男と次男では

   数が釣り合っていない、と言っているんだ・・・

  

    ・・・このくだらない記事を書いた奴も、たぶん長男だな・・・

  

 

大人げもなく、余計なことまで呟いてしまった。

もしかしたら、もっと色々と言っていたかもしれない。「小学生でもわかる簡単な話だ」とか・・・

 

 

 

悪い癖

 

私も悪い癖が出てしまったが、実際、第一子の悪い癖の中では、これが最たるものと言える。相手が正当なことを言っているにもかかわらず、全く別の観点から全否定する。とりあえず相手の言うことを理解しよう、という姿勢が乏しい。考えずに否定し、考えて解らなければ、なお一層、否定する。そして間違え、失敗しながらも、なお上から目線を崩さない。

 

オトメが私に対して、その癖を出すことは滅多になかったが、それでもたまにあった。 

 

  「いーえ、騙されません!  まあ、末っ子は口が上手いから・・・

   今まで随分言いくるめられてきたけど・・・今度ばかりは・・・証拠が・・・ 

  

日本人は、新聞の記事を権威と見做す傾向が強い。そして長男・長女は、権威に対して従順である。一般に彼等の警戒心は、「上」ではなく、秩序と平和を乱し、自分たちの既得権益を脅かす「下」に向けられる。一方、末っ子は自由を尊び、これを損なう元凶である「上」を容易に信用しない。

 

だが、途中からオトメの勢いが衰えてきた。その日ばかりは勝手が違う。数量的な問題では明らかに分が悪い。問答無用に切って捨てるいつもの瞬殺技が通用せず、今は相手が上から目線であり、彼女は珍しく焦っていた。

 

  「だって・・・新聞の記事よ・・・ほかにも・・・三男とか、四男とか・・・」

 

  「まだ言ってるのか・・・三男とか四男とか、そんなの、ほんの

   少ししかいないぞ。それを言うなら一人っ子のほうが、ずっと

   多い。これも長男だ。世の中、長男だらけだ。

   君の知っている、長男じゃない男は、オレのほかに何人いる?」

     

  「 ・・・ 」

 

  「数で言ったら、長男は 3/4 どころか、4/5 くらいかな・・・

   長女も同じだな・・・ありふれた長女が、貴重な次男様と

   結婚できたんだ。 有り難く思えよ」

 

再び余計なことを言ってしまったが・・・もはや乙姫の神通力を奪われ、普通の人間の女になってしまったオトメのふくれっ面に、笑いが込み上げてきた。

 

  「なによ! その、ニヤついた顔は!」

 

勝者の微笑みを浮かべていた訳ではない。単に可笑しかったのである。

 

  「まあ、小学生の「お受験」のデータだけで、こんな話をでっち上げる

   のも情けない記事だけど・・・どうしてもこれだけで結論を出せと

   いうなら、次男の方が優秀・・・と言う結論しかないな・・・」

 

        「・・・おかしいわ・・・ 絶対、どっか騙してるのよ・・・ 

 

オトメは紙に絵を描いて、私の説明を検証しはじめた。4軒の家を描き、男の子、または女の子を、それぞれに2人ずつ描く。

絵を描いて確かめるのは見どころがある。少なくとも、自分で考え始めた。他の芸術的な志向の強い人々と同様に、オトメも、元来が理系的な人間なのかもしれない。

     

 

ガセネタの理由

 

私は、2/3という数値を見た瞬間、この記事をでっち上げと判断していた。物理屋は疑り深い生き物であるが、この値は長男の優位性を示すのに十分大きいどころか、上に述べたように私が拮抗値と予想した4/5に比べて、小さすぎる。実際にそのような統計があったなら、長男の比率は80%程度のはずである。

 

そもそも私は、第1子優位説には賛成していなかったものの、通常の学力に関しては、一般に第1子が優勢と考えていた。私の観察では、次男の多くは、長男の権威主義に嫌気がさし、親に対しても反抗的になる。そして(長男と同じように)親の顔色を伺いながら、コツコツ勉強することを嫌うようになり、学校の成績はおおむね低調である。次男の能力は、社会に出てから発揮される場合が多いようだ。

 

むしろ長男が90%という記事であれば、私は信用したであろう。この日、オトメが見せたのは、空いた紙面を埋める程度の軽い三面記事だった。このような話題について、この新聞は今でもよくやるのだが、記者は怪しまれないように、大き過ぎない数値を選んだのだろう。

  

もしかしたら、記事自体はでっち上げではなく、何らかの公的な機関の調査結果を紹介していたかもしれない。しかしその場合、調査機関としては、余りにも御粗末な分析である(調査自体も不適切、かつ無意味であるが)。

 

しかし、それも良くある話である。統計的なデータは、母集団の構成をきちんと把握してこそ、意味のある結論が引き出せる。統計データに関する「まやかし」は頻繁にあるが、作為の有無にかかわらず、殆どの場合、そこでインチキが行われている。

 

 

やがて、オトメは購読する新聞を変えた。

 

(続く)