浦島太郎の随想

物理屋の妄想タイム

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英国人の色彩感覚2

英国人の色彩感覚1」から続く

 

 

いらかの波

 

白い漆喰の壁と、黒い瓦屋根が立ち並ぶ。

 

      黒、白、黒、白、 ・・・  

 

果てしなく並ぶ。住宅地には色が無い。

 

帰国して最初に赴任地に到着した時は、夜であった。用意されていた官舎の集合住宅に泊まり、一夜明けて窓から見渡した景色である。

 

      「まるで葬式だ・・・」

 

と思った。

 

これから、この住まいで過ごすことになる。かなり気が滅入った。 

 

 

トイレのスウィングドアの色については、日本人の感覚を失っていなかったが、英国暮らしで私の色彩感覚は、やはり相当に変化していた。英国の住宅街はカラフルである。色彩が必ずしも良いとは言えなかったが、淡いピンクの壁の色などは、グリーンの自然の背景に良く合う。これが当たり前になっていた。

 

 

屋根の色はやはり・・・

 

間もなく家を購入した。オトメの実家に残していたグランドピアノは、官舎には到底入らない。どのみち集合住宅では、ピアノはたとえ入っても、音は「だだ漏れ」である。どうしても戸建が必要であった。

購入の経緯については、驚くべき幸運の連続があり、いずれ別の記事で紹介したいが、とにかく赴任半年後に、私達は極めて廉価で、新築の一戸建てを手にすることができた。地方都市でこそ可能だった話である。

 

 

家の購入に際して、私とオトメは、白壁と黒い瓦屋根の日本家屋を、どうしても受け入れられなかった。地元の在来工務店は、それ以外の住宅を知らない。私達は、工場生産のパーツを組み立てる大企業の洋風住宅を選んだ。このようなメーカーは、それなりの防音技術も持っている。庭には芝生を張る予定であった。

 

家を建てる際のプラニングは大変である。間取りは基本的にメーカー仕様で、少し修正を加えてピアノ室を用意しただけであるが、内装では床から天井まで色を決める。そして外装では、外壁や屋根の色を決める。

 

屋根の色を決めるとき、私とオトメは赤い瓦を欲した。これに担当の営業マンは強く反対した。赤い色のスレート瓦は経年変化による脱色が激しく、すぐにみすぼらしくなるので、なるべく使わないで欲しい、というのである。人口の多い大都会ではない。購入を検討している客が必ず見に来る。一軒一軒の住宅の印象は、売り上げに直結するとのことだった。私達としても、すぐに色褪せるような屋根では困る。頻繁に塗り替える資金の当てもない。結局、屋根の色は勧めに従い、長持ちする黒色になった。

 

 

外壁の色は?

 

屋根の次は外壁である。大企業の住宅は、車のように新しいデザインが定期的に市場に投入される。私達は旧モデルを安く購入した。しかし、外壁だけは最新モデルの部材が使用されることになっていた。

屋根に黒を選んだからには、葬式ムードの白壁は避けたい。白以外の外壁材の色には、5色ほど選択肢があったが、いずれも納得できなかった。そこで、1階はモスグリーン、2階はベージュと、色を分ける2色刷りを提案した。この地域では例が無いということであったが、営業マンが持ってきた完成予想図に色鉛筆で着色して示すと、彼は強い興味を示し、積極的に賛成した。

 

 

着工の直前になって、営業マンから連絡があり、残念ながら予定していた外壁が使用できない、と伝えられた。この製品は、まだ発売されていないモデルの専用であり、旧モデルでの使用は新製品のイメージを損なうので、本社から許可が下りなかった、というのである。旧モデルの外壁は現場塗装なので、全く同じ色に仕上げることができる。これで了承してほしい、ということであった。

 

   「わかりました。でも現場塗装なら、色を自由に選び直しても

    良い訳ですね?」

 

と、私は応じた。

 

   「もちろんです。先日決めて頂いた色は、限られた中から

    でしたから・・・自由に考える方が、むしろ楽しいですよね。

    どのような色をお考えですか?」

 

   「そうですね・・・私はもともと、淡めのピンクが芝生に映えて

    良いかと思っていましたので、部分的に、それを使ってみたい

    と思います。若干、パープルを入れるのもいいですね・・・」

 

 

営業マン氏に一瞬の沈黙があった。そして、

 

   「先生、私の方も、もう一度本社と話してみますので・・・

    じゃ、また御連絡します!」

 

と、そそくさと電話を切った。そして30分後に再び電話があり、

 

   「先生、本社が新製品の使用をOKしてくれました!

    良かったですね! これで行きます!!」

 

と、私に話をさせずに、一方的に電話を終えた。

 

 

変化の兆し

 

2色刷りの外壁は大成功であった。ともすればアパートのような外観になるこの会社の製品の欠点がカバーされ、自由さと若干の高級感が共存した。その後、市内には壁の色を塗り分けるカラフルな新築住宅が、あちこちで見られるようになった。「購入を検討している人は必ず見に来る」ということだったので、私達の家が、多少のきっかけを作った可能性はあるが、そのころから人々の色彩感覚は変化してきたようである。

  

それからかなりの年月が経ったある日、横浜市で淡いピンクを基調としたマンションが建設され、近隣の住民が「風紀を乱す」と反対運動を起し、塗り替えを要求して裁判に持ち込んだ、というニュースが報じられた。テレビで観る限り、かなりの高級マンションであり、私とオトメには品の良い色調に思えたが、地域住民の色彩感覚には合わなかったようである。全員とは限らないが。

 

裁判は、訴えた住民側が敗訴した。その後、似たような色の集合住宅は、横浜をはじめ、各地で増えつつあるように思われる。現在私達が住んでいるのは、東京の古い集合住宅であるが、ここも塗り替えた時に、それにやや近い色調となった。老女の厚化粧の感は否めないが、それなりに品良くまとまっている。私達が家を購入した住宅メーカも、薄いピンクやパープルを使ったマンションを、少しずつ建て始めている。色彩感覚は、互いに影響し合いながら、時代と共に変化するものなのだろう。

 

 

なお、私は営業マン氏に意図的にブラフを仕掛けた訳ではない。結果的にそうなっただけである。彼は誠実な人柄の優秀な人材であり、後年、重役となった。私との親交は今でも続いている。

 

 

今回は「英国人の色彩感覚」についてではなかった。が、それに影響されるとどうなるかを話したので、御容赦願いたい。