浦島太郎の随想

物理屋の妄想タイム

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ヒトと集団3 ー オトメの場合(後編2)

 

 

 

 前回の記事に書いたように、オトメが属した会の人々のうち、何人かは、活動の方向性を広げ、会以外の人々と接点を持つ機会も、次第に増えて行った。

 

 

そして・・・ 

 

ある日オトメは、古くからの年長メンバー2人の会話を、偶然耳にした。

 

   「最近はつまらないわ・・・政治の話をする機会もないし」

 

   「ほんと・・・盛り上がらないわね・・・」  

 

もちろん、オトメの出現ばかりが原因ではなかったであろう。月日は流れており、人々の転勤や退職など、様々な状況変化があった。子供たちも成長して家族連れの遠足の機会は減り、それぞれが多忙になる中で、勉強会も開かれなくなった。会の活動が下火になって行ったのも、自然の成り行きが大きい。

 

メンバー同士の個人的な交流は続いていたが、やや疎遠になった人もいる。かつては新任教官が来れば、すぐさま勧誘に動いたが、これも行われなくなり、新メンバーの参加も無くなっていた。

 

 

さらに月日が流れたある日、私とオトメは、成長した昔の生徒の1人が、母親と2人で買い物をしている姿を目にした。母親は、かつて「どこへ御嫁に行くの?」と人々をからかっていた人である。子供(女の子)はオトメにピアノを習っていたが、その期間は短い。中学生になってすぐにやめ、やや疎遠になっていた。私も長いこと会う機会がなかった。

 

最初は、同年齢の2人連れと思えた。当時、若い女性の間では、細い肩紐で薄い布を吊るした、下着のような服が流行していた(キャミソールというらしい)。2人ともこれを着ており、そして(これも細長い紐で吊る)流行のバッグを肩から下げていた。ペアルックである。

 

母親は楽しげで、別人に見えた。見かけに騙されやすい私の目には、昔より10年近く若返って見える。 今やオトメより入念な化粧を施し、もちろん口紅はしっかりつけていた。 

 

彼女達は私達の姿を認めると、かすかに会釈して遠ざかって行った。

 

 

私達はこのとき・・・会は完全に消滅したのだ・・・と実感した。

 

 

 

捕獲電子の力

 

集団にとって、外部からの影響は危険である。新たに持ち込まれた価値観が集団の理念を蝕み、集団の存続の意味が失われ始める。

 

気が付いた時には・・・と書きたいところだが、オトメの場合、周囲の人々は最後まで、気が付いていなかったのではないか。

 

彼女は集団の中で積極的に交流するタイプではない。単に存在するだけで、あまり意思表示をしない。たまに、間の悪いタイミングで笑う程度である(笑うしかないからだそうだが)。

 

しかし影響力は、なぜか大きい。

 

私の周辺では、私が影響を与えようとすると、意地になって自分の姿勢を貫く人々が多い気がする(学生を含めてである)。

彼女の周辺では、知らぬ間に人々のベクトルが異なる方向を向き始める。必ずしも彼女と同じ方向ではないが・・・

 

不思議な力である。否定するのではなく、体験させるからであろうか。

 

そして、理念で固く結ばれていたはずの集団は、いつの間にか、自由人の集まりに分解されている。

 

たった1つの小さな軌道電子を捕獲したことにより、原子核の崩壊が起こるようなものである。

 

 

 

それから暫くして、西側諸国の情報が浸透したソヴィエトや東欧諸国で、次々と体制の崩壊が始まった。

 

(完)