英国の食事-序章
ヨーロッパ大陸の人々が、英国人の食事をボロクソに貶(けな)していることについて、以前の記事で紹介したことがある。
とくに、英語特有の発音との関係など・・・
冠詞の the を始めとして、they やその格変化、this, that, these, those, there, through, though, think, then ・・・など、 使用頻度の高い多くの単語が、歯で舌を強く擦る乱暴な発音の「th」を含む。そのため、英国人の舌は駄目になっている・・・という話である。
これまでは、彼等の食事の内容についてまでは、踏み込んで紹介しなかったが、
そもそも内容を紹介するには、料理の種類が少なすぎる。
要するに料理をほとんどしない国民なのだ。
That's impossible !
私がまだ、若手と言える年齢だった頃の話である。
日本で国際会議が開かれた際に、日本の高名な数名の先生方から、声を掛けて頂いた。フランスの研究者を夕食に招待するので、参加しないか、というのである。
割り算の分母に貢献して欲しい、という事であろうが、物理の話もする場なので、喜んで参加させて頂いた。
招待客は、大変品の良い初老の女性と、ヤングなイケメンである。料理は、当然ながら日本食であった。牡丹の花を模して見事に盛り付けられた刺身の大皿が運ばれ、2人は御機嫌で、上手な箸裁きを披露した。
話が少し進んだころ、日本の先生方は、私を英国から帰国したばかりの若手と彼等に紹介した。
2人のリアクションは、予期しないものだった。笑顔が消え、怪訝そうな表情で、滞在期間はどのくらいだったのかと、私に尋ねた。
私が期間を告げると、2人は申し合わせたように、箸を動かす手を同時に、ぴたりと止めた。そして女性は箸を膳の上に置き、私の顔を正面から覗き込んで・・・こう言った。
「あなたは、これほど素晴らしい食文化の国の人なのに・・・
あそこで、そんなに長く暮らしていたなんて・・・とても信じられません
どう考えても、そんなこと不可能でしょう」
しばし沈黙が続いた。
どこかで爆笑が起こると思っていたが・・・
2人のあまりに真剣な表情に、誰も笑い出すことが出来ず、
結局、そのまま食事が、静かに続いた。
彼等の表情や言葉は・・・大真面目なのか、ポーカーフェイスのコントなのか・・・
最後まで判らなかった。
余談
招待客の2人は、私と直接の研究交流はなく、やや謎めいた人たちであった。見たところ、親子ほども年が離れており、所属する研究機関も異なるが、何年か前から、国際会議で、いつもペアで見かけるようになっていた。ホテルでも同室であり、自然体の2人に、関係を尋ねる人はいなかった。
彼等の息の合ったリアクションは、コントであれば、打ち合わせ無しのアドリブであり、余りにも出来過ぎである。本当に親子かもしれない・・・と思ったが、そのような自己紹介は無かった。
・・・ま、フランス人にとって、英国の食事は、笑って済ませられる程度ではない、という意思表示であることは確かだろう。