英国の食事4-スイーツ
第3話から続く
1.砂糖を栽培し、輸出している
2.国民一人当たりの砂糖の消費量が、世界1である
3.恐らく世界一、虫歯の多い国民である(と自ら認めている)
熱帯の国の話ではない。何処あろう、英国である。
寒冷な気候では、砂糖きびの栽培は難しい。したがって、砂糖は熱帯地方の専売特許と思われているが・・・英国は砂糖大根の栽培でこれを自給し、輸出までしている。先進国では英国だけであろう。
2種類のスイーツの国
夕食に食後のスイーツはつきものである。客を招待していれば、ホストの主婦は食後のデザートを2種類用意しなければならない。1種類ではホストの面目が保たれないのだそうだ。砂糖の消費量が多いはずである。
客がいなくても、子供たちは夕食後のデザートで、2ラウンド目を常に期待する。子供の偏食を矯正するのに最も効果的なのは、「これを食べない子にはデザートをあげません」と言うのだそうだ。もちろん、この殺し文句は、ちゃんとデザートを用意していなければ使えない。
日本の家庭で、ケーキ(洋菓子)を家族が毎日、一人2個ずつ消費すれば、家計への圧迫は大変なものになるだろう。
英国では、その心配はない。洋菓子を売る「ケーキ屋さん」や「喫茶店」は存在せず、買うことはできないのである。少なくとも私達の街では、一軒も発見できなかった。
したがって、主婦はこれを自分で作らなければならない。もしかしたら、英国の食文化の低迷は、この主婦の負担が原因の一つかもしれない。Y教授夫人も私達を招待する時、いつも手作りのケーキでもてなしてくれたが、英国の多くの主婦は、料理よりスイーツに重きを置くような気がする。
ケーキそのものは売っていないが、主婦の仕事を軽減するために、マーケットにはインスタントの「ケーキセット」が売られている。パウダーのパックに、アルミ製の使い捨て薄皿容器が付いている。ここにパウダーを空け、ミルクや砂糖、水(または湯?)を入れてかき回す。好みに応じてブルーベリーなどのフルーツを入れる。そして冷蔵庫に入れて2時間ほど放置し、固まれば出来上がりである。
Y夫人も、普段はこれで済ませているとのことで、商品の箱を幾つかオトメに見せ、熱心に推奨していた。
ちなみに、オーストリアには、日本で見かけるようなケーキ店があった。ケーキの種類も「いちごショート」など、良く似ていた。日本のいわゆる「欧風洋菓子」のルーツは、この辺りかもしれない。
オトメのスイーツ
一口食べた後、オトメの片方の眉が吊り上がった。
Y夫人のお奨めに従ってケーキセットを購入し、休日に初めて作成して、ティータイムに冷蔵庫から出した時の事である。
二口目の後、やおら立ち上がると、皿を持ってキッチンへ向かう。
途中で踵を翻し、呆気にとられている私の皿も取り上げ、「食べちゃダメ」と言って自分の皿とともに、生ごみ袋へ放り投げた。
そして再びキッチンへ向かうと、「こんなもの食べるくらいなら・・・」と呟きながら、アヒルとカモメに与える予定だった古パンの切れ端を、ずたずたに引き裂いた。
これをボールに入れると、砂糖とミルクを足してどろどろにかき回す。そしてキッチンをぐるりと見回し、朝食用のコーンフレークスとシリアルの袋に目を止めると、これらをバラバラと注ぎ足した。チーズやバター、小麦粉を少し加えたかもしれない。さらに冷蔵庫を開け、リンゴやアンズ、洋ナシなど、傷んでしまったフルーツを選んで取り出すと、これらを細かく刻み、レモン汁と共にボールに加える。そして平らな容器に移し、オーブンへ放り込んだ。
あっという間の早業であった。怒っている時の彼女の頭の回転と行動は、ピアニストの指の如く速い。怒りながら練習していたら、彼女は大ピアニストになっていたかもしれない・・・
比較的短時間のうちに、ほんのりとキャラメル色に焼き上がったオトメケーキが、テーブルに運ばれて来た。捨てたインスタント菓子の3倍のボリュームはある。
私は新たに熱い紅茶を入れ、少し遅れてティータイムをやり直した。
十分とは言えないが、明らかにインスタントのケーキセットよりは「まし」であった。
何日か経ったある日、日本人の短期ゲストが、研究室のアジア人留学生を何人か連れて遊びにやってきた。彼女はこれを作って振る舞い、大好評であった。
ひとり・・・日本人ゲストが、苦しそうな表情をしていた。
日本の人々に比べ、私達の生活水準も下がったものである。
が、このケーキは、その後じわじわと進化を遂げ、シナモンやシェリー酒なども隠し味に加えられ、それなりの品質に変貌して行った。材料費はほぼロハである。ぎりぎりの生活の私達には相応しいスイーツだった。
スイーツに限らないが、この国では、金で解決することは難しい(とくに少々の金では)。
クウォリティを求めるなら、自分で働くしかない。
このようにして、私達の生活は次第に英国流に変貌して行った。