浦島太郎の随想

物理屋の妄想タイム

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英国の食事5-歯医者

 

 

歯医者の話題は食事と直接の関係が無いが、関連性はあるので、ここに書いておこう。

とくに前回書いたように、食後に2種類のスイーツを食べる英国では関連性が強い。

子供の頃からそんな生活をしているので、英国民の歯はボロボロである。

 

 

難破船の語るもの

 

私の滞在中の出来事であるが、ヴィクトリア朝時代に難破した豪華客船が、近海の海底で見つかった。

貴婦人の装身具など、昔の人々の遺留品が、時間をかけて次々と引き上げられ、TVの報道や新聞で、連日紹介されていた。

遺体の骨も引き上げられ、種々の調査がなされた。

確認されたことの一つは、砂糖が貴重だった時代に生きた人々は、いかに歯が健康であったか、ということである。

 

 

評判の歯科医

 

虫歯の患者が多ければ、治療の技術も発達すると思われるが・・・

 

私はこの国で歯医者にかかるのは避けたかった。

Y教授の笑顔にこぼれる歯を時々見て、

 

   「あのような治療では困る・・・

 

と密かに思っていた。他の人々の笑顔を見ても同様である。

 

・・・が、情け無くも、遂にこれ以上放置できない状況になってしまった。

やむなく、外国人の間で最も評判の良いサージャリーを訪れた。

 

 

日本の歯科医院と同様に、高さを調節できる患者用の椅子が用意されている。

そこに座ると、この若い歯科医は、私の口の中を覗きこむ前に、歯の磨き方をはじめとする口内衛生について、延々と講義をはじめた。

 

私は歯が 痛い のだ。

 

「英語の勉強になる」と自分に言い聞かせて我慢したが、日本語の講義なら途中で怒り出したであろう。

途中で何度も、自分の見事な歯を強調してニッと笑う。

この男はこれが習慣になっているようだ。重ねて癇に障ったが・・・

 

まあ・・・虫歯だらけの不摂生な歯医者にはできない宣伝方法なので、努力は評価しよう・・・

 

 

努力の甲斐あってか、繁盛していることは確かなようだ。

2人の若い女性をアシスタントに雇っているが、どちらも飛び切りの美人である。

 

不適切な発言を自覚しつつ述べるが、

この国では、弁護士など客相手の職業人の成功度は、雇っている女性を見れば、ほぼ正確に判断できるように思う。

あくまでも個人的な観察であるが。

 

しかし・・・

ふと、不安が頭を過った。

歯医者を選ぶ際に私が意見を求めた外国人は、すべて男性だった。

評判が良かったのは歯科医の腕ではなく、女性達だったのではないか?

 

 

驚きの声

 

ようやく講義を終えると、歯科医は私の口の中を覗き込み、驚きの声をあげた。

2人のアシスタントを呼び寄せると、3人で私の口の中をしげしげと覗き込む。

私の視界は3人の顔で埋め尽くされた。

多人数で口の中を覗き込まれるのは、あまり気分の良いものではない。

 

  「見てごらん、この歯の治療を・・・」

 

と男は女性たちに言うと、以前に日本で治療した(痛くない)歯をコンコンと叩きながら、私に

 

  「こんなすごい治療は、さぞ高額だったでしょう・・・この詰め物の

   金属は・・・金属だと思いますが・・・何が使われているのですか?」

 

と尋ねて来た。一向に始まらない治療に、私の苛立ちは限界に達しつつあった。

が・・・辛抱して、

 

  「別に・・・普通のアマルガムですよ」

 

と答えると、

 

  「いや・・・アマルガムなら私達も使いますが、表面はこんなに綺麗

   にならない・・・なにか特別な金属のはずだ」

 

  「貴方たちも使っている、普通のアマルガムですよ! 保険でカバーされる

   普通の治療です!」

 

  「・・・う~む・・・材質が何にせよ、この技術は凄いですね・・・

   表面の起伏は、まるで本物の歯のようだ !」

   

 

やはり・・・と私は失望した。

歯の噛み合わせで型を取り、事前に加工したアマルガムをバチンとはめ込む。日本ではすでに10年以上も前に普通になっていた技術だが、どうやらこの国には無い。つまり戦前の技術と変わらない水準である。

 

 

真面目な仕事ぶり

 

熱したアマルガムを削った穴に詰め込む。冷え固まるのを待って、現場施工で表面を研磨する。そうすると、アマルガムの表面は金属光沢を発さず、砂を詰めたような色になる。舌触りもざらついて、キャラメルなどを噛むと、簡単にポロリと取れることが多い。

 

この時代に私は戻ってしまった・・・

やはり夏季休暇を取り、日本に帰って治療すれば良かった・・・

飛行機代は高いが、オトメとカメも喜んだろう・・・

治療費は、良く調べれば英国の保険で賄えたかもしれない・・・

 

 

ようやく私の不機嫌な表情に気付き、男は無言になり、仕事に専念し始めた。

 

治療そのものは丁寧であった。恐らく他の歯医者に比べると、確かに腕は良いのであろう。予想通りの旧式な治療ながら、キャラメルに付着して詰め物が取れることもなく(そもそもキャラメルは口にしなかったが)、歯は帰国するまで使用に耐えた。

 

幸い他の歯に問題が生ずることはなく、私はこの国で再度、歯医者にかかることはなかった。

帰国後間もなく、治療した歯は再び痛み出したが、日本式治療により、無事に今日まで良い状態が続いている。

 

(続く)