浦島太郎の随想

物理屋の妄想タイム

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英国の食事2-キャンパスにて

 

前回から続く

 

以前、別の記事に登場したM教授であるが、彼と2人だけで昼食に出かけることがしばしばあった。

 

大学の運営に関する会議や行事に他のスタッフが揃って出席していると、それに関わらない私のような研究員や、彼のようなゲストだけが残る。

 

秘書さん達や技術職員と食事を共にすることはなかった。

英国の大学は極めて保守的であり、キャンティーンでも、研究者・大学院生(いわゆるフェロー)は他のスタッフや学部学生と、場所が分けられている。パブとラウンジの違いのようなもので、区別は厳格であった。

正確に言うと、フェローはどこで食事しても良いが、それ以外の人々はフェローが同伴でなければ、専用区域へ立ち入りが許されない。

 

食事に差がつけられている訳ではない。むしろフェローコーナーで注文できるのは、スープと丸パンなど、簡単なものに限られる。

が、見晴らしの良い場所でスペースにゆとりがあり、くつろぐことができた。

 

ちなみにケンブリッジとオックスフォードでは、キャンパス内で芝生が良く管理されているコーナーには「フェローのみ立ち入り可」と札が立てられていた。

私が観察した範囲では、フェローも含めて誰も立ち入っていなかったが。

 

 

雨の日の会話

 

・・・という訳で、M教授の滞在中は、私はこのスペースで、色々な話をしながら簡単な昼食をとる機会がかなりあった。彼はほぼ毎年、学期の明けた夏場に、Y教授を訪れるのが習慣であった。

 

ここではビールも注文できる。そして彼は、飲むことが好きである。

「今日は雨が降ってみじめな天候だから・・・」などと、何かと理由を付けては、私をビールに誘う。

英国は雨の日ばかりなのだが。

 

が、これも仕事のうち・・・彼との会話は、英語の勉強になる。また、英国人に直接尋ねられない情報を得られる貴重な機会でもある。

 

 

ある日、彼はビールを飲みながら(小声で)「英国の食事をどう思うか?」と私に尋ねて来た。海外からのビジターと話をすると、一度は出る話題である。

 

「来たな」と思ったが・・・

良く考えたら、彼は米国人である。

私に言わせれば、米国の食事も、味覚レベルは英国と大差ない。やはり「th」の発音のせいか。

 

彼等にまで見下されているようでは・・・

 

M教授の問いかけに対しては、

 

     「うん、アメリカと似ている感じだね」

 

と、一言でかわすことも考えたが、この場合、友情はリスクに晒される。率直でなければいけないが、失礼でもいけない。言葉に窮して

 

    「 Well ... sometimes good  ... 」

 

と流し、「Yeh, only sometimes... 」などと簡単に話が終わることを期待した。

 

が、少しビールの廻っていた彼の対応は違った。にやりと笑い、

 

    「 Yes ...  and ... what about other times ? 」

 

sometimes に対してそのような返し方があるのか、と英語表現を一つ学んだが、この場をどう切り抜けるか。相手は追及の手を緩めない。最後まで言わせる気だ。私の顔を覗き込み、返事を待っている。

 

周囲を気にしながら、仕方なく小さな声で

 

   「うーん、全体的に、殆ど味が無いものが多いけれど・・・」

 

と、出来るだけ正直に、多くの人々が共通して指摘する点を述べた。そして相手が頷くのを待ち、

 

   「まあ、僕はむしろその方が気が楽だけど」

 

と付け加えた。これは真実である。怪訝な顔をする彼に、

 

   「自分の好みでない味をしっかり付けられると、食べるのに苦労する

    けど・・・味が無いのは、期待外れではあっても、苦痛と言うほど

    じゃないから・・・まあ、自分の国じゃないし・・・」

 

と、何とかかわした。そして、彼はまだ不服そうであったので

 

  「ただ時々、大量にオイルがかかっていて・・・いつもこそげ落として

   食べるけれど・・・これは胃に堪えるので、やめて欲しいな・・・」

 

と付け加えたところで、彼は深く頷いた。そして、米国でも一時ひどかったが、健康志向が強まり、やたらにオイルを使う調理習慣は無くなった、と話の向きを変えた。

 

 

味付けはテーブルで?

 

実際に英国人は味付けをしない。野菜など、単にボイルするだけで、あとはテーブルに置かれた塩と胡椒を、自分の好みの量だけ振りかける。酢(ワインビネガーなので米酢よりマイルドである)を振りかける人も多い。家庭でも外でも、テーブルには必ずこの3つが置かれている。

 

野菜の種類も少ない。ポテトとニンジンが主で、季節によりカブやカリフラワー、ブロッコリーなどが加わる程度である。

 

「美味しい」とは到底言えないが、「不味い」という訳ではない。負け惜しみ的で寂しいが、「食材の味を楽しむことができる」とは言える。

 

 

余談:日英ケチ比べ

 

野菜はボイルするだけと書いたが、英国人は生野菜を食する習慣が余り無いように思えた。どこで外食しても、サラダを一人前注文すると、薄切りトマト2~3枚と、サラダ菜の葉が、同じく2~3枚である。

 

この点、日本のサラダは(料金は高いが)量的には「まあまあ」と言えるだろう。内容的には非常に良い。もちろん、サラダだけでほぼ満腹になる米国とは、比較にならないが。

 

 

それにしても、M教授は良く飲む。午後も仕事を続けるためには、私はハーフパイントが限度だが、2パイントまで付き合わされた日もあった。

 

彼等はビールに炭酸を加える習慣がほとんどないので、注いでも泡が立たない。テーブルに運ばれるジョッキには、毎回、摺り切り一杯まで注がれている。ハーフパイントは、日本のケチ臭い「中ジョッキ」より多いかもしれない。この気前の良さは、彼等のサラダとは対照的である。

 

日本では(ビールに限らず)飲み物は一般に、料金が高く、中身は余りにも少ない。日本の人々は、よく文句を言わないものである。

 

 (続く)