浦島太郎の随想

浦島太郎の随想 - 物理屋の妄想タイム

~記事へのコメントは歓迎です~

竜宮城で貰った玉手箱をうっかり開けてしまった浦島太郎ですが・・・その後もしぶとく生き続けてネバーランドに流れ着き、
若い人々と物理学を楽しむ日々を送っています・・・

統計の虚実2

 

統計の虚実1」から続く

 

「統計」の話とは言えないが、やや関連する確率の話をしよう。 

恐縮ながら、再び長男の話題である。

前回の記事から遡ること、およそ10年前であるが・・・

 

 

長男至上主義と人口比 

 

ある小説家が 週刊誌に、軽い娯楽記事を連載していた。

大方は「随筆」というより、私のブログと同程度の予田話である。作家仲間の裏話や、その他諸々の雑談であった。

ある男性作家が、冬の季節に外出する際にズボンをはき忘れ、「ももひき」の上にオーバーコートをはおり、そのまま山手線に乗ってしまった話など・・・

 

ある時、この作家が次のように書いた。

 

 「日本人の夫婦は長男至上主義で、男の子を欲しがる。最初に生まれた

  子が女の子であるとがっかりして、次を期待して第2子を生む。それ

  も女の子なら第3子・・・という具合に繰り返す。そして、男の子が

  生まれると、たとえそれが第一子であっても、満足して次に子供を作

  らない夫婦も多い。このようなことを日本中が続けていると、男女の

  人口比にアンバランスが生じ、男ばかり増えるので、好ましくない」

 

というのである。

 

この号が発売された翌日から、続々と膨大な数の抗議が編集部に寄せられ、作家氏は翌週の記事で謝罪するはめになった。抗議の内容は、殆どが一致して、次のようなものである。

 

 「一回ごとの出産で、男女はそれぞれ1/2の確率で生まれてくるので、日本中

  の第1子を集めてくれば、半数は男性、半数は女性である。第2子だけを

  集めても同様、第3子だけを集めても・・・したがって、どこで出産を止め

  ても、男女の人口比にアンバランスは生じ得ない」

 

私は当時大学生であったが、日本の公教育における数学のレベルの高さを実感した。正確な人数は覚えていないが、投書数は数千以上の膨大なものだったそうである。

 

これだけ多くの日本人が、正しい数理的な判断を素早く行っている。私自身を含めて、このような娯楽記事の愛読者層が、知識人集団だった可能性は低いと思えた。また、この週刊誌の性格から言って、読者の多くが理系であった可能性も低い。

 

今、これと同じことが起こり得るであろうか?

 

そうはならない気がする。

前回に紹介した長男優位の新聞記事は、この週刊誌の記事から10数年後であったが、私の記憶する限り、この新聞記事には反論の投書は無かったようである。

 

新聞社が投書を無視した可能性はあるが、私には2つの記事の間に、日本の公教育に不可逆的な変化が起こったように思えた。丁度、週刊誌記事に前後して、大学入試の全国一斉テスト(共通一次)が導入された。10年の歳月は、影響が顕著に現れるほど長くはないと思われるが、それでも人々の反応は変わっていた。今では、数量的な問題に関する人々の嗅覚は、さらに鈍くなっているのではないか。

 

ちなみに、私の読んだ週刊誌と新聞は、同じ出版社から発行されている。

  

 

補足

 

この作家先生は、すでに亡くなられたが、偉大な小説家であり、私は尊敬している。

週刊誌の戯れの連載とは全く異なり、重いテーマの多数の作品を発表され、多くが英訳され、世界中で評価されている。

 

  

蛇足

 

冒頭の話は、視点を変えて提示すると、印象が正反対になる。

 

2頭の馬だけが走る競馬場があった。ギャンブル狂の男が、これなら勝てる、とばかりに、大金を一頭につぎ込んだ。あえなく沈没し、次も賭ける。勝つまでやる覚悟である。勝てばやめる。

 

すべての人がその意気で賭ければ、トータルでは勝つ人が多くなり、競馬場は大損するであろうか?

 

私の印象では、競馬場は大儲けするような気がするが・・・

 

もちろん、どちらの印象も間違いである。どのレースも、勝ち組と負け組は50%ずつである。

 

ただし有限の世界での話なので、ゆらぎがあり、どのレースも厳密に50%ずつではない。特に、最後に行われるレースでは、勝者が100%となる。

その点では、冒頭に紹介した作家先生の考察は正しい。

  

 

蛇足の蛇足

 

競馬で必ず勝つ方法がある。

 

レースで負ければ、それまでに負けて失った総額の2倍を、次のレースに賭けるのである。2倍ではなく、3倍でも4倍でも良い。

そして、勝つまでこれをやり続ける。

 

これは絶対に損をしない。

永久に負け続ける確率は、ゼロだからである。確率1で、かならず勝てる。

負け続けるほど、最後に手にする金額が大きくなる。

 

もちろん、これは無限の世界の話である。有限の世界では通用しない。

資金も時間も無限に持つ人にのみ、あてはまる話である。

 

無限世界で厳密に成り立つ投資理論を、有限の世界に適用し、見事に失敗したのが、リーマンショックである。

  

 

 (続く)

 

統計の虚実1

 

 

第1子 vs 第3子

 

満面の笑みを浮かべ、オトメが勝ち誇ったように、私の目の前に新聞記事を広げた。

 

渡英する前の、まだ新婚といえる時代の話である。

当時、よく話題になっていた「長男(長女)と次男(次女)の、どちらが優秀か」という問題についての記事であった。

 

テレビ番組でも取り上げられていたが、「親が大切に育てるので、第一子が最も知的発育度が高い」という意見に対し、「下の子は上の子の失敗を見て育つので、賢くなる」というのが、良く見られる意見の対立構図だった。最近は不適切な話題に属するのか、取り上げられる機会が少ない。

 

オトメは長女、3人兄弟の第1子である。そして私は次男、3人兄弟の第3子である。

私からこの話をした記憶はないが、オトメはこれをしばしば話題にした。そして私は、個人的な観察から、第1子優位説には賛成しなかった。

 

人間は成功体験によって自身の行動原理を築く。常に失敗体験から始まる人生は迷走し、加えて「親が大切に育てる」ことが、自己修正能力を鍛える機会を奪う。

 

 

オトメは「末っ子の言いそうな理屈ね」と、上から目線で一蹴した。内心は動揺していたかもしれないが。  

 

 

長男 vs 次男

 

その新聞記事の内容であるが・・・

首都圏で名門進学校として知られる、幾つかの中高一貫教育の私立男子校を調査したところ、生徒には長男が圧倒的に多く、全体の2/3を占めていた、というのである。記事はそれをもって、「長男の方が優秀である」と結論していた。

 

読み流して終わりにすれば良い記事だったが、つい数値が気になってしまった。

  

  「・・・ちょっと待てよ、2/3 だろ? この結論はおかしいよ」

 

  「え? 何を言ってるの・・・ 明らかに大きな差でしょ?」

 

  「いや・・・別にどうでもいいけどさ・・・2/3 なら結論は逆だな」

 

  「おかしなこと言う人ね・・・研究者らしくないわよ。これだけの

   証拠があるんだから、次男の負けよ・・・潔く認めなさい 」

 

  「ちょっと待てよ。いいか、どこの家でも、大体子供は2人だろ?」

 

  「それがどうしたの?」

 

  「すると組み合わせは、男・男、 男・女、 女・男、 女・女 だな?」

 

  「・・・それで?」

 

  「この中に男は4人いるけれど、そのうち3人は長男だぞ。 次男は

   一人しかいない。男・男の組み合わせの2番目だけだ。それ以外の

   3人は全部長男だ。つまり3/4 が長男で、ようやく釣り合うわけだ」

 

  「2/3 なら、それより多いんじゃない?」

 

  「・・・バカ言え・・・人前でそんなこと言うなよ ・・・

 

  「・・・そうか・・・3/4 よりは・・・少ないわね・・・でも、あなたの話、

   おかしいわよ! だって、これ新聞の記事だもの! 嘘が書いて

           あるはず、ないじゃない」

 

久々であったが、昔よく経験したパターンの一つに陥ったので、思わず反応してしまった。

 

  「 ・・・おかしい?  オレは今、ちゃんと説明しただろ?  そう

   いう時は、ちゃんと聞くんだ!

 

   ・・・ったく、そうやって、人の言うことを聞かずに、自分の

   頭で何も考えないで決めつけるのが、長男・長女なんだよ!

 

   世の中には長男の方がずっと多いから、元々、長男と次男では

   数が釣り合っていない、と言っているんだ・・・

  

    ・・・このくだらない記事を書いた奴も、どうせ長男だろ・・・

  

 

大人げもなく、余計なことまで言ってしまった。

もしかしたら、もっと色々と言っていたかもしれない。「バカでもわかる簡単な話だ」とか、「こんな調子だから、長男や長女は入学試験でも失敗するんだ」とか、「だから第1子は修正能力が無いと言ってるんだ」とか・・・

 

 

 

悪い癖

 

私も悪い癖が出てしまったが、実際、第一子の悪い癖の中でも、これが最たるものと言える。相手が正当なことを言っているにもかかわらず、全く別の観点から全否定する。とりあえず相手の言うことを理解しよう、という姿勢に乏しい。考えずに否定し、考えて解らなければ、なお一層、否定する。

 

オトメが私に対して、その癖を出すことは滅多になかったが、それでもたまにあった。 

 

  「いーえ、騙されません!  まあ、末っ子は口が上手いから・・・

   今まで随分言い包められてきたけど・・・今度ばかりは・・・ 

  

日本人は、新聞の記事を権威と見做す傾向が強い。そして長男・長女は、権威に対して従順である。一般に彼等の警戒心は、「上」ではなく、秩序と平和を乱し、自分たちの既得権益を脅かす「下」に向けられる。

自由を尊び、これを損なう元凶である「上」を容易に信用しない末っ子と、ここが大きく異なる。

 

だが、途中からオトメの勢いが衰えてきた。その日ばかりは勝手が違う。問答無用に切って捨てる、いつもの瞬殺技が通用しない。数量的な問題を持ち出しては、自ら墓穴を掘る。今は相手が上から目線であり、彼女は珍しく焦っていた。

 

  「だって・・・新聞よ・・・ほかにも・・・三男とか、四男とか・・・」

 

  「まだ言ってるのか・・・三男とか四男とか、そんなの、ほんの

   少ししかいないぞ。それを言うなら一人っ子のほうが、ずっと

   多い。これも長男だ。世の中、長男だらけだ。

   君の知っている、長男じゃない男は、オレのほかに何人いる?」

     

  「 ・・・ 」

 

  「数で言ったら、長男は 3/4 どころか、4/5 くらいかな・・・

   長女も同じだな・・・どこにでもいる長女が、貴重な次男様

   と結婚できたんだ。 有り難く思えよ」

 

再び余計なことを言ってしまったが・・・もはや乙姫の神通力を奪われ、普通の人間の女になってしまったオトメのふくれっ面に、笑いが込み上げてきた。

 

  「なによ! その、ニヤついた顔は!」

 

勝者の微笑みを浮かべていた訳ではない。単に可笑しかったのである。

 

  「まあ、小学生の「お受験」のデータだけで、この話を論ずるの

   も情けない記事だけど・・・どうしてもこれだけで結論を出せ

   というなら、次男の方が優秀と言うしかないな・・・」

 

        「・・・おかしいわ・・・ 絶対、どっか騙してるのよ・・・ 

 

オトメは紙に絵を描いて、私の説明を検証しはじめた。4軒の家を描き、男の子、または女の子を、それぞれに2人ずつ描く。

絵を描いて確かめるのは見どころがある。少なくとも、自分で考え始めた。他の芸術的な志向の強い人々と同様に、オトメも、元来が理系的な人間なのかもしれない。

    

 

 

ガセネタの理由

 

なお私は、2/3という数値について、あまり信用しなかった。物理屋は疑り深い生き物であるが、この値は十分大きいどころか、私が拮抗値と予想した4/5に比べて、むしろ小さすぎる。

 

私は実のところ、通常の学力に関しては、一般に長男が優勢という印象を持っていた。次男の多くは、長男の権威主義に嫌気がさし、親に対しても反抗的になる。そして、長男と同じように親の顔色を伺いながらコツコツ勉強することを、嫌うようになる。次男の能力は、社会に出てから発揮される場合が多いようだ。

 

記憶が曖昧であるが、この日オトメが見せたのは、空いた紙面を埋める程度の軽い三面記事だったような気がする。いずれにしろこれは、結論ありきの「でっち上げ」で、怪しまれないように、大き過ぎない数値を選んだと思えた。その結果、かえって怪しい記事になった。

  

何らかの研究機関の調査結果を紹介した記事であったかもしれない。しかしその場合、研究機関としては余りにも御粗末な分析である(調査自体も不適切だが)。

 

が、それも良くある話である。統計的なデータは、母集団の構成をきちんと把握してこそ、意味のある結論が引き出せる。統計データに関する「まやかし」は頻繁にあるが、作為の有る無しにかかわらず、殆どの場合、そこでインチキが行われている。

 

 

やがて、オトメは購読する新聞を変えた。

 

(続く)

 

英国人の色彩感覚1

 

 

環境は人の色彩感覚を支配する。

天候や自然の風景は、当然ながら影響する。そして私の印象では、それ以外にも、生活スケールの違いが、色彩感覚に大きく影響する。建物の大きさや道路の広さ、部屋の広さ、それによる人間同士の距離の違いなどである。見る距離が異なれば、色のバランスや模様の見え方にも差が生ずる。大きさと色彩は深い関係にある。

 

 

自然の色 

 

英国の自然については以前に書いており、また「英国の季節感」およびでも、少し付け足した。 

 

暗い冬が長い英国も、季節の良い時は別世界となる。郊外はすべて、グリーン一色で、その面積は広大である。 

 

市街地では、どこにでも芝生が植えられている。その面積も広い。家々の庭だけではなく、ホテルや公園、学校、教会などの公共の施設でも、黒い土がむき出しになっている場所は少ない。西洋芝は冬場でもグリーンの色を失わないが、夏場にはさらに庭木や街路樹の葉が加わり、体積的にも緑は多くなる。

 

背の高い街路樹には、ライムが多く使われている。どの町にも必ず、「Lime tree road 」と呼ばれる、日本のケヤキ並木のような道路が一本はある。私のお気に入りは、比較的背の低い、アーモンドの並木であった。日本のハナミズキにやや似ているが、この程度の高さの街路樹は、歩道の縁に敷かれた芝のグリーンベルトに植えられている。花が咲くとピンクの色が緑に映え、晴れの日の街並みは大変に美しい。

 

 

 

衣服の色 

 

このような環境の中で、衣服としてはどのような色彩が適するか? 

英国人は、洋服に無地の原色に近い色を使うことが多い。これは折柄に凝る日本人の衣服と大きく異なる。

 

そして子供や女性の衣装は、春になると、生地も色も、透けるような淡いものが多くなる。この季節の子供の姿は自然の背景に溶け込み、存在感が希薄で、消えてしまいそうに思える。妖精のようだ。

 

その中を、漆黒のアフリカ系が歩いて来ると、おそろしく存在感がある。これほどではないが、東洋人の黒髪も、なかなかの存在感である。

 

 

衣服における日本人の色彩感覚は、近距離の生活の中で発展してきた。「日本人は非常に高級な服を着ている」と、しばしば言われた。これは殆どの場合、日本を訪れ、その距離感の中で実感した人の印象である。日本人の服(特に紳士服)は色彩を過度に強調せず、折柄に凝っている。それは近くで見ることで認識され、そこで初めて、その精巧さと高級感に驚く。

 

しかし、この日本人の服は、環境のスケールが大きくなると、濁色にしか見えない。細かい折柄が災いして、ボロを纏っているようにすら、見えてしまうこともある。英国人は身なりで人を判断する習慣があるので、遠くから一目でわかるような、はっきりした色の服が無難である。 

 

私の場合、最初は典型的な日本人の服装であったが、これがトラブルの原因になり得ることが、次第に分かって来た。例えばレンタルショップで、理由を告げずに製品のレンタルを断られたことがあった。 銀行に口座を作る際も、Y教授が同伴でなければ、断られていた可能性が高い。

 

そこで私は、外出する際には、オトメの父親にプレゼントされた上着を着用するようにした。濃いグリーンのベルベットで、非常な高級品であったが、余りの派手さに、日本では出番の無かった服である。服飾関係の仕事をしていた義父は、特殊なルートでこの生地を入手し、(家族の反対にもかかわらず)こっそりテーラーにオーダーした。彼は結婚前に私のためにスーツを注文していたので、テーラーはその際に私を採寸していた。

 

それが役に立った。着用したところ、その効果はてきめんで、人々の対応は驚くほどの変わりようである。漱石先生には申し訳ないが、日本人は海外では、赤シャツを着る程度で、丁度良いようである。

 

 

 

色のジェンダー

 

赤シャツの話が出たついでに、日本人に特有と思われる色彩感覚の話をしよう。

 

帰国して日本の大学に勤務するようになってから、私より数年遅れて、カナダで長年研究を続けていた女性が、別の学科に着任した。年度最初の学部教授会で、彼女は私の隣の席に座り、赴任の挨拶をした。教授会の解散後、歩きながら会話をしたが、私が英国帰りと聞いて、彼女は小声で

 

     「この大学のトイレ、ひどいですね・・・ 

      先生は最初、お困りになりませんでした ?」

 

と私に同意を求めた。

 

衛生状態の問題かと思ったら、そうではない。この大学のトイレには、男女それぞれの出入り口に(西部劇の酒場のような)腰高のスウィングドアが設置されている。そして男性・女性の表示はどこにも無く、このアクリル製の扉が、グリーンとオレンジに色分けされていた。

 

私は何の抵抗もなく、最初から色の違いを性別の違いと捉えていたが、この先生は長い海外生活で、その感覚を失くしていたのである。

 

 

色に性別があるのは、日本だけであろうか?

 

その後、色々な国の人々に何度か尋ねてみたが、暖色系・寒色系などの感覚は多くの国々で共通しているものの、色に性別を感じる人々はいなかった。男性の赤シャツや赤いセーターは、ごく普通である。

 

ただ「幼児色」という感覚は、多くの国々に共通しているようだ。ピンクや淡いブルー、黄色などが、子供の色として、玩具や幼稚園の建物などに使われる。

 

 

 

ちなみに、年齢ということで言えば、子供は赤い色を好むという話を聞いたことがある。この話は、私には良く当てはまっていたので、大いに納得した。子供の時には、赤鉛筆や消防自動車、郵便ポストなどは、大いに私を惹きつけた。そして小学校に入学する時、赤いランドセルを欲しがり、両親を困らせた。幼稚園に通っていなかった私は、男の子が赤いランドセルでは、なぜいけないのか、理解できなかった。

  

精神年齢が低いせいか、私は今でも赤い色を好む。

赤シャツも1枚持っている。 

 

 

 

 余談:戦闘服 vs フリル

 

年齢の話の続きになるが、以前、「日本人の亭主」に登場してもらった御近所のブラジルの奥さんは、英国人女性の服装を「子供みたい」と笑い、オトメに同意を求めていた。

特に、多用されているフリルについて、「あの『ひらひら』は、何のつもりかしらね」と軽蔑口調であった。オトメは例によって、スマイルでかわしていたが・・・

 

上にも書いたように、英国女性の衣服は、特に春になると、生地も色も透けるような淡いものが多くなる。これは確かに、子供の服装と似通っている。細かいフリルなどの装飾も女の子の服装に多く見られるので、紳士服に比べると、子供服との共通点が目に付く。彼女の眼には、これが滑稽に見えたのであろう。

 

彼女はルーツがアフリカ系の女性で、やや褐色の肌であった。そして普段の出で立ちは、迷彩服に皮のブーツを履き、そのままマシンガンを携えて戦地に赴けるような、勇ましいファッションであった。当時のブラジルの流行だったのだろう。

 

あるとき私達は、大学主催のパーティで同席した。招待される機会が多いことを承知していたオトメは、日本を出るときに、ワンピースの訪問着を数着持って来ていた。

 

この席に、ブラジル夫人は普段の迷彩服姿で登場した。

 

英国人は自由なライフスタイルをモットーとするが、フォーマルな席は区別する。彼女のファッションは異彩を放ち、話しかける人も少なかった。

 

自分が完全に浮いていることを自覚し、さすがの彼女も気後れして、私達をちらちらと見る。オトメの服装は、微かに日本的な香りがするものの、ところどころにフリルもあしらわれ、英国女性と大きくは変わらない。周囲に自然に溶け込んでいた。

オトメにも裏切られ、彼女はかなりショックを受けた様子であった。

 

彼女はスカートを履き、女性用のシューズを着用するようになった。

不慣れな出で立ちで、いかにも居心地が悪そうである。長くは続かなかった。

彼女には、やはり戦闘服とブーツが似合うようであった。

 

 

(続く)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2019年 元旦

  あけまして、おめでとうございます

  本年もよろしくお願い申し上げます

 

    

    早速ですが・・・

 

    ひと口笑い話: ミニ言語学32

 

        英語    日本語

        マム            まんま

 

    言語学者によると、「母親」と「食事」が m の音で

    始まるのは、世界共通だそうです(母親=母乳=食事)

    新年早々なので、真面目な話。

    

 

イスラムの妻たち

 

 

イスラム圏の多くの国々では、まだ教育の体制が整っていない。そのため、これらの多くの国々では、英国の大学に留学することがステータスとなっている。私は英国滞在中に多くのイスラム圏の知人を得た。

 日本人の夫英国人の妻について書いたので、滞在中に見聞した範囲ではあるが、次にイスラム圏の人々について書こう。

 

 

一夫多妻論

 

イスラムの一夫多妻は良く知られているが、実際には複数の妻を持つ男性は多くない。4人の妻を持つ男の話を以前に書いたことがあるが、私が直接知っている範囲では、複数の妻を持つ者はいなかった。

 

彼等の一夫多妻と日本の亭主関白は、しばしば話題となる。イスラム圏と日本の女性は、虐げられた気の毒な存在である、とヨーロッパでは(日本でも)しばしば報道される。実際のところはどうであろうか。

 

これはオトメから聞いた語学教室での出来事である。

彼女の通っていたボランティアの語学教室は、平日の昼間に開催され、参加者は全員女性であった。この教室に2人のイスラムの妻が参加しており、一夫多妻が話題になったことがあった。

 

彼女たちの夫は、いずれも妻は一人であったが、彼女たちの話によると、妻が複数の場合は、年長の妻が姑のような役割を果たして家事を指導するそうである。仕事が分担されるので楽であり、殆どの場合は仲良くやっている、とのことだった。年長の妻は、若い妻に夫を懐柔するコツなども教えるそうである。

  

ヨーロッパの国々からの参加者は口々に「信じられない」と顔を見合わせ、当然のように一夫多妻を批判した。男性ばかりが自由で、女性の自由の無い彼女たちの国を・・・

 

ところが、イスラム女性に同情していたつもりが、イスラムの妻たちは自分たちの国を侮辱されたと感じて猛反発し、大激論に発展した。彼女たちは

 

 「あなたたちの自由って、何よ! イギリスの女みたいに、男を

  しょっちゅう取り換えて、結婚してからも自由に不倫すること!?」

 

 と、教師までも反撃の対象として論陣を張る。

 

信念を持つ人々は強い。家庭と社会の秩序について、実績に裏付けられた絶対の自信を持っている。論理には1分の隙もなく、堂々たる態度で一歩も引かない。

ヨーロッパの女性たちは、家庭と社会の秩序に自信を欠く上に、個人的にも身に覚えのある痛いところを突かれ、たじたじとなった。オロオロとオトメの顔色を伺うが、彼女のスマイルは、どうも自分たちに味方しているように見えない。結局、ヨーロッパ勢は総崩れとなった。

 

争点のはっきりしたディベートの実戦訓練となり、語学教室の授業としては、大変に充実した一日だったようである。

  

 

 

客のもてなしは男の役割

 

ある夜、緊急に帰国することになったアラブの友人から、電話があった。電話は空港からである。ある男と翌朝に会う約束をしていたが、会えなくなったので、彼の家を訪問し、状況を伝えて欲しい、ということである。その男の家には電話が無く、私が直接訪問するしかないとのことだった。

 

夜のかなり遅い時間であったが、私は大至急、教えられた住所へ向かった。到着すると、家の明かりはまだ灯っていたので、躊躇はあったが、思い切ってドアベルを鳴らした。

 

男が私を出迎えた。すでに寝支度と思える出で立ちであったが、彼は私が話し出す前に、まず私を家に迎え入れた。子供たちを風呂に入れていたと思われる彼の妻が、部屋の奥に見え、目が合った。子供たちの髪はまだ濡れており、バスタオルを使っている最中である。遅い訪問の詫びと挨拶を述べようとしたが、彼女は私の姿を認めると、すぐさま小さい子を抱きかかえ、他の子供たちを連れて素早く階段を上り、2階へ姿を消した。

 

男は私にソファーを勧めると、キッチンへ行き、自ら茶を立てて運んで来た。そして初めて私の話を聞いた。話を聞き終わると、彼は礼を述べ、私たちは改めて互いに自己紹介をして、短時間ではあるが、世間話をした。その途中、これも短時間であるが、「お祈りをする時間を許して欲しい」と言って、50cm四方ほどの小さな布の上に座り、祈りを捧げた。帰り際は私を玄関まで送り、訪問の礼を再度、丁重に述べ、私を送り出した。

 

それまでの間、2階からは、子供の声はおろか物音ひとつ聞こえてこなかった。「日本人の妻」に劣らず、イスラムの妻の行動もまた見事である。

 

 

 

余談

 

これもボランティア英会話教室での出来事であるが、参加していたインド人の女性が「自分の村では、夫が死ぬと、妻も一緒に火葬にされる風習がある」と言ったので、教室は騒然となった。「本当に、今でもそんなことやっているの?!」という口々の質問に、「最近の例では昨年にあった」と答えたそうである。これでは、金持ちの年寄りと結婚するのは、決してうまい話ではない。

 

 

そういえば、息子のカメと一緒にストーリー・テラーを読んでいた時、アラビアン・ナイトの似たような話があった。こちらはインドとは異なり、先に死ぬのが妻でも夫でも、2人同時に埋葬されるという国の話である。ストーリー・テラーは原作に忠実なはずなので、元々インドの風習を男女平等にアレンジして書かれたものかもしれない。

 

船が難破し、シンドバッドが見知らぬ国の海岸に漂着する。意識を失って倒れていた彼を見つけ、介抱してくれた男と親友になり、彼はその国にしばらく滞在する。やがてその男の妻に若い娘を紹介され、結婚する。すっかりその国が気に入り、仕事も見つけ、定住する気でいたところ・・・1年後に彼女が突然亡くなる。そして悲嘆にくれるシンドバッドに、さらに恐ろしい事態が訪れる。

 

その親友に助けを求めると、なんと

 

   「そりゃ、彼女が死んだんだから、君も死ななきゃいけないさ。

    オレだって、この女房が死んだら、もちろんそうするぜ」

 

と夫婦そろって、平然と答える・・・

 

もちろん、シンドバッドは、何とか逃げおおせた。逃げるついでに財宝を手にし、次の冒険に旅立つ。

 

 

 

 

 

2018年12月16日

 

 

ひと口笑い話: ミニ言語学番外編

 

 

   帰国した頃の親子の会話(ノンフクション)

 

    カメ : 「Bo」と言うのに「ほ」に点々をつけるのは、間違ってるよ!

 

    オトメ: ・・・? じゃあ、本当はどうするの?

 

    カメ : 「ほ」じゃなくて、「も」に点々だよ!

 

 

  そう言えば・・・

 

      漢字         読み方

 

     馬     「Ma」 および 「Ba」

     美     「Mi」  および 「Bi」

     無     「Mu」 および 「Bu」

     母     「Mo」 および 「Bo」   

 

 

  残念ながら、「Me」および「Be」が見つかりません・・・

英国人の妻

 前回は日本人の亭主の話をしたので、今回は英国人の女房の話をしよう。

 

英国人の夫婦は共働きが殆どである。夫の収入のみで生計を立てられる家庭は限られる。大学のスタッフは、教授以外はすべて、奥さんも仕事を持っていた。ちなみに、英国の大学では教授はごく少数である。日本の大学の学科長(日本では持ち回りであるが)に相当すると考えてよい。上級講師が日本の教授、講師が准教授に相当する。

 

看護婦さんであったY教授婦人は、子供に手がかからなくなってからしばらくの間、パートタイムで仕事を続け、やがて専業主婦となった。ビクトリア朝時代の大きな邸宅に住み、その管理も大変であったと思う。庭など、家の外回りの管理は主に男性の役目であるが、Y教授が学部長に就任してからは、彼女の仕事量が増えていた。共稼ぎの期間は、妻の発言力も高いと思われるが、専業主婦となると夫の権力が増すように感じられる。あくまでも私の個人的な観察であるが・・・

 

 

夫の指示

 

Y教授の車が、ある日、走行中に煙を噴き上げ始め、そのまま廃車となった。

自慢のブリティッシュ・フォードであった。およそ10年使用し、英国車は信頼度が高い、と常に言っていたが・・・

英国では、煙を噴き上げながら走る車を目撃するのは、日常のことであった。 

 

当時、大衆車で10年走る車は日本車だけであった。日本車はメカが元気でも、冬場に道路に撒かれる塩にボディがやられ、ぼろぼろになる。しかしボディの穴を充填剤で補修しながら何とか持たせれば、10年後もまだまだ走れるので、庶民には人気が高まりつつあった。

 

学部長の仕事に忙殺されていたY教授は、夫人に新しい車を選び、購入するように言い渡した。折しも、新車登録にかかる諸費用(税金)が大幅に値上げされることになり、急ぐ必要があった。多くの人々の駆け込み購入のため、ディーラーは大忙しであった。

 

Y教授は6000ポンドの現金を夫人に渡し、購入はその範囲で賄うこと、出来るだけ5000ポンド以内に抑えること、そして新車登録を間に合わせるように、と指示した。

日本の家庭では、妻が財布の紐を握っている場合が多いが、英国は全く逆である。妻に家計を任せると破産する、というのが大方の認識のようだ。6000ポンドは当時のレートで、およそ250万円であるが、工業製品は日本より遥かに高い。この金額で買えるのは、日本では半額程度の車種になる。Y教授は高級車を買う意志は全くなかった。

 

夫人はブリティッシュ・カーを中心に探していたが、コスパの良い車を探しあぐねていた。教授の渡した金額では、ミニ・クーパーのような、ひどく小さい車にならざるを得ない。当時のミニ・クーパーは、現在日本で走っているモデルよりかなり小さく、ほぼ昔のスバル360に近かった。

 

新車登録の最終日の午前中に、Y教授から電話がかかってきた。夫人が車を探すのが難しそうなので、手伝ってやって欲しい、というのである。自分は会議の連続で全く手が離せない・・・

 

夫人は、友人から車を借りて私を迎えに来た。カタログを見せながら、どれかに決めたいが、どう思うか・・・と言うので、私は日本車のディーラーを訪問することを勧めた。最初から、その予算の範囲では、日本車以外の可能性は無いと私は考えていた。日本車に抵抗を示したが、渋々同意して、市内に2件あるダットサン(日産はこう呼ばれていた)のディーラーの一つに向かった。当時英国では、他の日本車メーカーは進出が遅れていた。

 

ディーラーは駆け込み需要に合わせて、最多販売価格帯の小型・中型車を多く用意していたが、殆どは売り切れ、数台を残すのみであった。豊富なサービスオプションを含めた低価格、燃費のデータを説明され、夫人の心は大きく動いた。その場で購入するような勢いであったので、私は店員の男に聞こえるように、教授に電話して同意を得る必要があるでしょう、と言って、一時保留にした。もう一軒のディーラーをチェックする時間が、まだあったからである。

 

2軒目のディーラーでは、同じ車種が1台だけ残っていた。殆どの人々はすでに登録手続きに向かい、客はいない。店員も、男性が一人残っているだけである。夫人は実に無愛想であった。男性の話を聞こうともしない(すでに聞いた内容であるが)。横を向いて「Give me your price」と繰り返すだけであった。

 

店の外には同じ車種の車がずらりと並び、かなり低い価格が表示されている。私が尋ねると、それらはヨーロッパの工場で製造されているので、品質において日本車としてのメリットは無い、と店員は答えた。そして、何度目かの「Give me your price」に対して、黙って提示価格を紙に書いて渡した。もう一軒のディーラーと競合しているのは明らかである。価格は1軒目の提示額より数百ポンド下がり、5000ポンドを大きく下回った。

 

 

妻の決断 

 

   「ねえ、タロー・・・やっぱり、ダットサンがいいと思う?」

 

と、夫人は受話器を置いて私に聞いた。てっきり決まりかと思っていたら、土壇場で雲行きが怪しい。本当に教授に電話している。何度も試みたが、ずっと会議中である。今のようなプッシュホン式ではない。もちろん、リダイヤル機能もない。ダイヤルを手でジーコン・ジーコンと回し、一回ごとに時間がかかる。

 

夫人が受話器を置き、ため息をついて私に聞くたびに、私は「気に入ったなら・・・」とか、「自分で納得するなら・・・」と、ボールを投げ返していた。登録は夕方の5時までである。そろそろ間に合わなくなる恐れがある。彼女が受話器を置いた何回目かの瞬間に、

 

     「もう時間がないので、決めた方がいいですよ」

 

とせかした。しかし、それでも 「Yes, I know  ... 」 と言いながら、またジーコン・ジーコンとダイヤルを回す。そして時計を見ながら、

 

   「ねえ、タロー・・・やっぱり、ダットサンがいいと思う?」

 

              ・

              ・

              ・

 

どうしても、自分の責任にはしたくないようである。自分の判断で大きな買い物をしたことが無いのだ。とうとう私は根負けして、

 

     「そうですね・・・それでいいと思いますよ」

 

と言った。彼女の表情がパッと明るくなり、

 

         「じゃ、そうする!」

 

と素早く受話器を手に取り、2軒目のディーラーに連絡し、購入の意思を伝えた。そして車で駆けつけて契約を済ませると、文字通りその足で(走って)市役所に駆け込んだ。市役所は新車登録の人々で溢れ、駐車場は満杯との情報であった。

 

まだ列が長い。間に合うであろう。最後尾につき、息を切らして夫人と話していると・・・私の訛りは誰でも気が付く。直前の男が驚いて後ろを振り向き、

 

    「あなたたち、ここで何をしているんですか・・・  」

 

と悲しそうな声を出した。顧客の手続きの代行にやって来た、1軒目のディーラーの男であった。

 

 

 

「 ・・・たのは・・・♪♪  貴方のせいよ  ♪♪ 」

 

登録を済ませてY教授宅に戻ると、間もなく教授が帰宅した。私は夕食を御馳走になることになっていた。実はこの時、オトメとカメは日本に一時帰国しており、私はチョンガーであった。

 

夫が帰るなり、夫人はいち早く玄関に駆け付け、私が口を開く前に

 

    「ダットサンに決めたのよ!タローがそうしなさいって・・・」

 

と素早く伝えた。「ダットサン・・・?」と驚いた教授は、「タローが・・・」が繰り返されたのを聞き、私の方を向いて、

 

         「Oh, you are to blame !」

 

と言った。すかさず夫人が、晴れやかな声で嬉しそうに「Yes! he is to blame !」と続ける。ルンルンの笑顔で私を見つめ、「ね!」という表情である。彼女の粘りに敗北した。受験英語で習ったこの表現は、こういう時に使うのか・・・

 

    「(もし何か問題があれば)タローがいけないのよ」

 

という意味であろう。問題が起きる前に使える表現とは思わなかった。

 

 

夕食は(オトメが試食用に差し上げた)日本のカレールーによるカレーライスであった。長い一日ではあったが、私にとっては、英語表現を一つ覚えたことが、唯一の収穫であった。

 

いや、もう一つ・・・

価格交渉で最も効果的なのは、仏頂面で「 Give me your price 」を繰り返すこと。